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野球の美学

 今年の、日本シリーズは日本ハムが見事優勝を収めました。新庄の引退、ヒルマン監督の選手掌握術、初の札幌でのシリーズ開催――話題の量も質も、日ハムに軍配が上がったようです。

 それにしても、昨年優勝したロッテのバレンタイン監督に続き、今年も米国人の監督が率いる球団が日本一の栄冠を手にしました。両者に共通しているのは、選手の潜在能力を引き出すことに力が注がれていること、そして、野球をすること自体を楽しむ姿勢がある――と思うのです。

 これは野球だけのことではない、という気がします。仕事も、家庭も、ボランティアも、その他の趣味においても、心からその仕事なり活動のこと好きになって、そして内容をよく理解して、楽しく、しかし精一杯努力するところに、現代における成功の鍵があるのではないかと思った次第です。スポ根の時代は終わった、ということだと思います。

 ところで、野球は、「3」と「9」が深く関わっているスポーツなのだそうです。

 「3」:アウトの数、ストライクの数、ベースの数、外野手の数
 「9」:選手の数、イニングの数、1イニングのストライク数、
     塁間の距離(90フィート)

 バッターがボールを打って一塁に走る間に内野手が取って一塁手に向かってボールを投げる。そこにアウト、セーフのドラマがあるのですが、その距離間を考えたのは誰なのだろう、と小学生の頃に思ったことがありますが、何か、これらの数字に鍵があるような気がしてきました。

 さらに詳しく知りたい方は、こちらをどうぞ。
 http://allabout.co.jp/sports/baseball/closeup/CU20060921A/index2.htm

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太陽光パネル設置!

 25日の水曜日、わが家の屋根に、待望の太陽光発電のパネルの設置工事が行われるとともに、「エコキュート」が設置されました。屋根の構造がちょっと複雑で、一度にパネルがあまり乗らないため、発電量は「1.34kw」と少し少なめですが、無事に設置されたことを、とても有り難く思っています。なお「エコキュート」とは、電気と、自然冷媒である二酸化炭素を使って大気のエネルギーを吸収して給湯する仕組みです。メーカーの試算によると、同機器を使うと、二酸化炭素の排出量は、都市ガスで給湯したときに比べて約半分になるのだそうです。

 ご存じの方はおられると思いますが、生長の家では地球環境保全活動に力を入れていて、太陽光発電の設置をオススメしています。CO2の排出量は減らさなければいけないのに、年々増える一方。エアコンやマイカーの利用を控えたり、マイバッグを持参したり、マイ箸を使ったり……と実行すれば良いことは分かっていますが、一度便利な生活に馴染んでしまうとライフスタイルを変えるのは、きっかけが必要かもしれません。生長の家では、自らの生き方を、ものの考え方を見直し、大自然の恵みに感謝して、生かさせて頂くという宗教心をもとにライフスタイルをもう一度考え直そう、と教えられています。妻と私はこれまで、マイバッグやマイ箸の使用、夏のエアコンの使用を極力控えることはしてきたので、今回、太陽光パネルを設置したことで、毎日発電量をチェックしながら、太陽の恵みに感謝をして、ムダな電力使用をしないように、一層心がけていきたいと思います。

 ところで、わが家では、1999年に生長の家副総裁・谷口雅宣先生が太陽光発電を導入されたのに触発されて、翌年に太陽光温水機を設置しました。これで給湯に使うガス代とそれに伴うCO2は削減されましたが、電気代は家族が増えてから右肩上がり……。電気料金の伝票を見るたびに、「うちも太陽光発電ができればなぁ」と家族でため息をついておりました。ときどき説明に来られる業者の方がいて、話は聞いてみるのですが、コストもわれわれにとってはかなりの額だし、引っ越ししたら、とか考えると、なかなか設置にまでは踏み切れませんでした。

 ところが、最近、昭和シェルにソーラー事業所が出来たとのことで、セールスマンの方が訪ねて来られ、丁寧に話をしてくれました。それで、見積もってもらったところ、わが家の屋根にはそれほどパネルがのらないので、最大出力で「1.34kw」ほどとのこと。思っていたよりコストがかからないので、「エコキュート」も付けて試算をしてもらいました。すると、、、毎月少しずつ支払えば何とか手が出そうな額が出てきました。一緒に説明を聞いてもらった、家の持ち主である義父の了解、そして援助を得て、買うことを決断しました。なお出資比率は、わが家で85%、義父が15%です。説明に来て下さって、その後の深切に色々フォローしてくださった担当者の方、また、設置の下見に来られた方、設置をして下さった方、皆さん、とっても行き届いた方々で、ここの事業所で付けて良かったなぁと思いました。

 なお、発電が始まるのはもう少し先になります。発電が始まったらまたレポートします。

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祖母が孫を生む?

 最近、子宮を摘出した30代の女性の卵子とその夫の精子を体外受精させ、その受精卵を女性の母親の子宮に着床し、妊娠・出産したという衝撃的なニュースがありました。つまり、孫をおばあさんが生んでしまったということです。そして、生まれた子は戸籍上、その女性の母親の子、ということで届け出た後、夫婦の子として養子縁組したそうです。

 日本ではこうした代理出産は認められていません。それは、「命にかかわることもある妊娠・出産の危険性を第三者である代理母に負わせるべきではない」(厚労省部会の報告書)との理由からです。

 しかしアメリカでは、このような種類の代理出産は既に1990年代はじめから行われているそうで、その一組の家族と面会した、京都大学名誉教授の星野一正氏(生命倫理学)は、「娘を思う母の愛情に感銘した」と学会誌で発表したそうです。(ヨミウリオンライン、10月18日の記事http://www.yomiuri.co.jp/iryou/news/iryou_news/20061018ik02.htm

 私は、孫を出産した母親の話を聞いたとき、直感的に違和感を感じました。理由は種々ありますが、何となく変であり、嫌な感じがしたのです。こういう問題を考える際、直感はとても大切、と習ったことがあります。

 (前略)我々がゴキブリを嫌ったり、“臭い”ものにふたをしたいと思ったりする
 のは、我々が進化の過程で獲得してきた自然からの“贈り物”だろうと思うので
 す。そういうものを私たちは“自然の感情”として持っているわけです。(中略)し
 かし科学というものは、価値判断を注意深く避けて発達してきたものですから、こ
 の「repugnance」(阿部注、強い嫌悪の感情)というものも「主観的であるから」と
 いう理由で、「客観的なものよりも重要でない」と切り捨ててきた。(中略)今日私
 たちが科学の発達に対して感じることは、この「repugnance」に近いと思う。(中略)
  我々はそういう自然に湧いてくる感情にも十分留意しながら、科学技術を全部否
 定するのではなくて――それは知性の結晶であり、我々の将来を切り拓くものです
 が――人間の魂の進歩に貢献するようなものについては、科学技術をどんどん利
 用し、また研究を進めるべきだろうと思います。
                      (谷口雅宣著『足元から平和を』336~339頁)

 なお、谷口雅宣先生はブログ「小閑雑感」で、この件について触れておられますので、併せてお読み頂くと良いかと思います。http://masanobutaniguchi.cocolog-nifty.com/monologue/2006/10/_2_6908.html

 また10月21日付の『朝日新聞』朝刊で、松原洋子・立命館大大学院先端総合学術研究科教授は、次のように書いておられました。

  通常の妊娠・出産でも生命を失ったり、重い病気の引き金になったりする危険性
 がつきまとう。しかも、胎児と母体の2つの命がかかわる。だからこそ、産後の医
 師の措置が不十分だったと訴訟が起こり、それを恐れて産婦人科医のなり手がいな
 いような状況が生まれている。
  代理出産の最大の問題は、第三者をこうした危険にさらすことにある。(中略)
  もう一つ、見過ごされているのは、患者中心という立場の盲点だ。代理出産では
 主役は出産を依頼する「患者」だ。代理出産する女性は脇役で、その声が社会に届
 きにくいマイノリティー。しかも最も大きいリスクを負う存在なのである。母親・
 姉妹などの身内であれば、なおさら問題を声に出しにくい。(後略)

 やはり、人間として自然な感情を大切にしながら生きている社会にしなければ、と切に思います。

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佐賀の中高生

 昨年の冬、中学生と高校生を対象とした2泊3日の生長の家のセミナー(練成会、合宿形式で生長の家の教えを学び、実践する会)のために佐賀県に出講しました。参加した中学生、高校生の皆さんは生き生きとハツラツとしていて、そして愛他的な生き方をますます実践します、との決意が沢山出た、素晴らしいセミナーだったと記憶しています。

 その佐賀県の生長の家の中高生の皆さんは、平成10年から8年間にわたり、定期的にボランティアとして老人ホームを慰問されていているのをはじめ、空き缶のプルタブ(飲み口のつまみの部分)を集める活動を続けてこられました。プルタブは沢山集めると車イスに交換してもらえるのだそうです。それで今年の6月、ついに目標だった220kgを上回る、250kg(約50万個)のプルタブを回収。見事、車イス2台を手にされました。

 本日、佐賀教区の青年会の方から、一昨日の21日に、老人ホームを慰問し車イスを贈呈し、感謝状を頂いた旨の連絡を頂きました。おめでとうございます! それにしても、感謝状の内容、心こもっていて、感激しました。以下の4枚の写真は、プルタブの測定を終了したときの中高生の皆さん、寄贈された車イス2台、感謝状、老人ホームの皆さんと撮影されたもの、です。クリックすると大きな画像をご覧になれます。

Saga_1_2
Saga_2_2
Saga_3_1
Saga_4_1

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どう思われている? 日本人

 最近、『世界の日本人ジョーク集』(中公新書刊)という本を読みました。ジョークの中で、日本人がどう扱われているのかを感覚的に理解することができて、なかなか面白いです。世に出回っているジョークの中には、ケチョンケチョンに批判しているものもあるでしょうが、この本の中にはスパイスが効いているものはあっても、読んでいて頭に来るようなものはあまりないし、むしろ、ユーモアと温かさを感じるものがいっぱいありました。その一部を紹介します。ちょっと長いですが、日本の技術の高さをシニカルにジョークにしたものです。

~~~~~~~~~~~(ここから引用)~~~~~~~~~~~~~~~~
死刑執行

 あるとき、死刑の執行が行われることとなった。ギロチン台の前に連れられて来たのは、ユダヤ人牧師、アメリカ人弁護士、日本人技術者だった。
 ユダヤ人牧師が跪くと死刑執行人が尋ねた。
「仰向けがいいかね? それとも、うつぶせかね?」
 ユダヤ人牧師が答えた。
「仰向けにしてください。神を見上げることができるから」
 死刑執行人はレバーを引いたが、ギロチンの刃は牧師の喉仏の直前で止まってしまった。
「おお神よ、これも神のお力である」
 牧師はそう叫んだ。執行人も、
「これは奇蹟である」
 と驚き、死刑執行は中止となった。
 続いて、執行人はアメリカ人弁護士にも同じ質問をした。
「仰向けがいいかね? それともうつぶせかね?」
 弁護士は答えた。
「先例を破ることはできない。仰向けにしてくれ」
 執行人は再びレバーを引いた。が再び、刃は喉仏の直前で止まったのだった。弁護士への執行も中止となった。
 最後に日本人技術者の番になった。同じように、
「仰向けがいいかね? それともうつぶせかね?」
 と問うと、日本人は、
「仰向けにしてくれ。メカを見たいから」
 と答えた。そしていよいよ執行人がレバーを引こうとしたその瞬間、日本人が叫んだ。「ちょっと待ってくれ! どこに問題があるかわかったぞ!」
 日本人はそう言うと、あっという間に巧みな修理を施したのだった。執行人は、
「そうかい、どうもありがとよ」
 とお礼を言い、無事に死刑は施行されたのだった。
      (早坂隆著『世界の日本人ジョーク集』35~37頁、中公新書刊)
~~~~~~~~~~~(引用ここまで)~~~~~~~~~~~~~~~~

 うーーーん、ちょっと間抜けな死刑囚ですが、技術立国日本を賛嘆している、ととっておきましょう。


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“漢違い”

 今回は軽い話題です。「勘違い」ならぬ、“漢違い”の話です。中国語と日本語では、同じ漢字を使っても意味が違ってくる言葉があります。(あります、と言ってもそんなに詳しいわけではありません。ネットで知った情報を、中国出身の同僚に確認したまでです。ですから情報の正確さは保障します)
 それで、いくつか例をあげると――

  1)中国の方は、「男湯」「女湯」をいう看板を見ると「???」となるそうです。
   なぜなら、中国語では「湯」はスープの意味なのだそうです。スープに男性用、
   女性用はありませんものね。
  2)中国の方は、「ご乗車有難うございます」を見ると乗る気が失せるそうです。
   なぜなら漢字だけを見ると「乗車有難」(乗るたびに遭難する)からです。
  3)中国の方は、日本にはなんでこんなに「すずめ」がいるんだろう? と思う
   のだそうです。なぜなら、「麻雀」は中国ではすずめの意、だからです。
  4)ある日本人が中国で、手紙を書く紙を欲しいと、「手紙」と書いた紙を渡し
   たところ――渡されたのはトイレットペーパーだった。なぜなら、「手紙」は
   中国ではトイレットペーパーだから。

 同じ漢字であっても意味が違うんですね。ちなみに、「卵」も意味が違うそうですよ。中国語で「卵」と言えば、「受精卵」とか「卵子」に使う「卵」であって、ご飯に混ぜたり、焼いたりする「たまご」には「蛋」を使うのだそうです。「卵御飯」――中国語であまり想像したくないですね。

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カフェでレッスン(3)

 マンツーマンの授業の魅力は――

 1) 自分のペースで授業を受けられる
 2) グループレッスンに比べて話す量が多い(当たり前ですが)
 3) 自分の都合でレッスンをアレンジできる(キャンセルも24時間前まで可能)
 4) (講師によりますが)試験対策もしてもらえる

 というところでしょうか。私は現在、3人目の講師から教えて頂いていますが、大切なのは、最初に会ったときに自分は講師に何を求めているのか、自分が到達したい目標は何なのか、どういう姿勢で日頃学習をしているかを詳細に講師に伝えて、理解してもらうことだと思います。

 最初の講師は「7アクト」で紹介された、日本人女性と結婚しているアメリカ人の方で、割合家から近くに住んでいる方(C氏)でした。C氏の奥様は通訳を生業としているので、ご家庭で日本を話す機会は限りなく少なく、C氏は来日してから10年にもなるのに話せるのはカタコトの日本語のようです。(私は彼と日本語で話したことが無いのでよく分かりませんが)しかし、それが私にはとても新鮮で、何でも英語で説明しなければならない環境が出来て、良かったと思います。また、C氏は人気講師だったので30人もの生徒に教えていたため、一度話したことも次の週には忘れてしまうことがよくありました。

 例えば、私は現在、宗教法人「生長の家」に務めていて、そこで本部講師を拝命しているので、出張してセミナーで講演したり、海外に行くこともあることなどを話します。すると、「どんな話をするの?」とくるので、「生長の家」では環境問題に宗教的な観点から取り組んでいること、正しい信仰による世界平和の実現を目指す「国際平和信仰運動」を推進していることなどを話します。すると、彼はプロテスタントの信仰をもっているので色々興味深く聞いてくれます。すると、説明に窮しますが、こちらにとっては良い勉強になります。

 さらに有り難いことには、次の週になると話したことをC氏がほとんど覚えていない、ということです。日本語だったら、「何~?!」と思うところですが、これは私の英語がたどたどしいからあまり理解できないんだ、と開き直り、もう一度説明を始めるのです。すると向こうもしばらく聞いていると思い出して、さらに質問が来ます。そういうことを何度か繰り返しているうちに、だんだん上手に説明できるようになってきました。その頃になると、C氏も内容を覚えていて、同じ話題を話さなくて良くなります。

 この講師はとてもウマが合って週1回のレッスンが3年間続きましたが(といっても、キャンセル多数で実質受けたのは3分の2位でしょうか)、私立高校からヘッドハンティングされ、新しい講師を探すことになりました。次の講師も家の近くの方でしたが、残念ながら、あまり続きませんでした。人間的にはとても良い方で、ご自身も日本語のほか、フランス語も話せるmultilingualマルチリンガルで教え方も決してヘタではないのですが、宿題も多く、あまりにstrictで楽しい雰囲気で授業を受けることができませんでした。何度か要望を言ったのですが、あまり理解されないようなので、3カ月ぐらいで講師を変えることにしました。

 この反省を踏まえ、次の講師とのトライアルレッスンでは、自分のスタンスをハッキリ話すことにしました。それは、上達したい気持ちはあるが楽しく授業を受けたいこと、自分のペースで英語学習をしているので原則として宿題は出さなで欲しいこと(ただし、面白そうな記事や本があったら紹介してくれます。その記事をディスカッションのトピックにすることはよくあります)、試験を受けるときにはその試験のための準備をしてくれることを要望したところ、快く受け入れてくれたので、その講師に決めました。今もその講師に教わっています。もちろん、間違いは訂正してくれますが、出来ているところを強調し、ここをこうするともっと良くなる、と明るく教えてくれるので、やる気が出ます。

 ただし、プライベートレッスンにも難点はあります。

 1) フィーリングが合わないと苦痛になる
 2) 24時間以内ならいつでもキャンセルできるので、キャンセルが多くなって
   上達しない
 3) 講師がどこかへ転職したり母国へ帰国する可能性がある
 4) 良い講師を見つけるのが難しい
 5) 1人の人だけから教わると色々な発音や癖のある言葉を聞く機会がない

 などがあります。しかし、5) に関しては、ニュースや映画、ドラマなどを見たりして自分でも出来ますので、それほど気にしなくて良いと思います。まぁ、長短様々あるので、あくまでも自分のプラニングする学習の中で、どのように位置づけるかをハッキリさせてから授業を受けると、それなりに効果はあると思います。

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カフェでレッスン(2)

 現在はこうしたシステムを使用する会社が増えて来ました。例えば、All About Japanの「英語の学び方・活かし方」には、「英会話のプライベート講師探しのお手伝い」というページがあり、色々な会社が紹介されています。

http://allabout.co.jp/study/english/subject/msubsub_mantoman.htm

 私は現在、「Altavista」で紹介してもらった講師に教わっています。この会社は、入会金4,980円を払うと、登録されている2,500人の講師の中から好きな講師を選び、授業を受けることができます。同社に払うのは初期費用の4,980円のみで、後は講師が決めた授業料を毎回、その講師に直接現金で支払うことになります。料金は講師によって幅がありますが、1時間2,500円から4,000円が多数を占めます。

「Altavista」のホームページでは、鉄道の沿線別、あるいは授業可能な地域で絞って講師のプロフィール、顔写真、教師歴、授業可能な日時等を閲覧できるようになっていて、自分が気に入った講師にメールを出すとその講師から返事がきて、後は直接講師とやりとりし、まずトライアルレッスンを受け、その講師にするかを決めます。合わなければ別の講師をまた探す、ということになります。

 これですと、自分で講師を選ぶことが出来ますし、一度会ってから決めることができるので、何かと好都合です。私は直感そして経験上、割合忙しそうな人を選ぶようにしています。つまり、レッスン可能な日時が少ない人です。

 ちなみに今習っている講師は、日本人女性と結婚しているアメリカ人の方で、一般的な日本人よりもさらに腰が低く、とても温厚な、講師経験豊かな方です。レッスン場所は常磐線沿線の駅近くのモスバーガーで、レッスン日は毎週火曜日。テキストは特に決まっていなくて、私が英語のブログで書いたこと、その時々でホットな話題(北朝鮮の核実験とか、エタノール燃料で走る車のこととか)について、ディスカッションしています。講師の方はプロなので、うまく誘導してくれて、あまり私の調子がよくないときにはよくしゃべってくれますし、私がよくしゃべるときはよく聞いてくれます。マンツーマンはフィーリングが大事だなぁとは、よく思うことです。

 ということで、英会話を習う形態も多様化していますので、これから英語を学びたい方は、色々な情報に当たって見ると良いと思います。ちなみに、私が参考になった「達人」のインタビューや言葉がのっているサイトをご紹介します。

 http://gaikoku.info/english/sessikata/1_level.htm
 http://allabout.co.jp/study/basicenglish/closeup/CU20040510A/
 http://allabout.co.jp/study/english/closeup/CU20040901A/index.htm

Let's keep learning!

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カフェでレッスン

 最近、カフェ(特にスタバ!)に入ると英語で会話する声が聞こえてくることがあります。外国人同士の場合もありますが、外国人と日本人の組み合わせもあります。そしてテーブルに目をやると……テキストらしきものが置いてあって、会話が結構長い間続いています。そう、これは英語のレッスンをカフェでやっているんです。

 こういう光景は、ここ2、3年で急速に増えてきた気がします。それまでは英会話教室といえば、最初に入学金を払って、50回分とか100回分とか、まとめて授業料を買ってというのが一般的でした。駅前留学「N☆VA」が代表格だと思います。私がかつて所属していた部署では、「これからは英語だぁー!」ということで、みんな何某かのスクールに行ったりしていました。私の知っているある先輩は、30万円もの大金をはたいて、ほとんど行かずじまい……とまぁ悲しい結末でしたが、こういう人も割合多いのではないかと思います。

 私もかつて「N☆VA」に通っていたことがあり、講師は玉石混交といったところでしょうか。しかし、1週間5回とか6回通える環境と財力があれば、毎日英語を使う機会が与えられて効果も出て来ましょうが、なかなかそうはいかないものだと思います。また、講師が毎回違うので、最初から自己紹介、なぁんてことをしていると、40分の授業はあっという間に終わってしまいます。

 前にも書きましたように毎日の学習はNHKのラジオ講座で充分なのですが、これだけだとアウトプットの練習、とりわけディスカッションや自分の意見をスピーチする練習には限界があります。そこで、いろいろと探していると、面白い会社に出くわしました。「7アクト」という会社です。この会社は、海外から帰ってきた若い女性が立ち上げた会社で(当時は有限会社、今は株式会社)、レッスンの場所は講師の自宅かカフェで、授業料はその場で「3000円」支払う、という画期的なシステムでした。

 大手の英会話スクールでは、個人レッスンを申し込むと、1時間あたり、5000~8000円ぐらいが相場です。そこで、この女性社長さんは、海外から帰ってきて英語力をキープするために色々とスクールを渡り歩いたのですが、どうしても満足できなかった、それで自分が通いたいスクールを、ということで会社を立ち上げたのだそうです。そういう経緯が同社のホームページにのっています。この会社の理念は宣伝はホームページと口コミのみ、場所代はなし、講師の質を保障する、というものです。ただし、入会金が63,500円と割高なのと、毎月の管理費が2,100円かかること、そして現在は色々なオプションが付いていて、そういうオプションを付けると割高になるので、注意が必要です。ちなみに私は現在は利用していません。

 しかしスクールを探していた2003年3月では、このシステムはとても魅力的でしたので、即、入会しました。そして当たった教師がとても良くて、日米の高校や中学で指導経験のあるプロフェッショナルで、今年3月、その教師が私立高校にヘッドハンティングされるまで、3年間お世話になりました。ちなみに、私はその教師宅で授業を受けましたが、講師が男性、生徒が女性の場合、教師宅ではなかなか気まずい思いをすることもあるため、カフェでレッスンというシチュエーションを設け、飲み物代は各自負担する、というシステムを取っています。
(続く)

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ブログについて考える

 いつだったか忘れてしまいましたが、英字新聞、"International Herald Tribune"(IHT)で読んだのですが、今ブログが一番盛んな国はフランスだそうです。俺が、私が、僕が……と自己主張の強い国民性だからではないか――と記事は推測していました。

 面白いことに、アメリカ人のブロガーは、ほとんどが本名を出して、「私はこう考える」と真正面から主張するのに対して、日本人はペンネームで書くのが多いのだとか。私は事実上、本名を出していますが、確かに周りではペンネームで書いている人がほとんどです。やっぱり奥ゆかしい国民性ゆえでしょうか。

 一方、中国では、9月26日の電子版IHTによると、自らをブロガーと考えている人は、1750万人にも上るのだそうです。日本のブログ人口は600万人超、アメリカでは800万人だそうですから、すごい数です。やっぱり母数が大きいと、絶対数は大きくなりますね。

 7月末から始めたこのブログも、2カ月半が経過しまして、だいぶ書いたことを公開することに慣れてきました。当初ブログは、しっかりと自分の意見を持っている人か、物好きがするもの、と思っていましたが、職場の役員の方からの強烈な勧めで始めてみたのですが、書いているうちに考えがまとまってくることもあったり、求めている情報に偶然出会ったり、感じたりしたことを一歩止まって考える癖がついたことは大きな収穫だと思います。感謝!

 私はもともと、自らの英語学習のため、ブログを書くなら英語で、と思っていました。それは、過去1年と半年、週3~4回のペースで英語で日記を付けるのが日課となり、そろそろ人の目を意識して――つまり、文法やスペルミス、そして内容の一貫性を気にとめながら――書いた方が上達するのではないか、と思ったからです。それで英語の方を先にスタートさせました。そこではなるべく、社会性のある問題――男女差別の問題、地球環境問題、少子化の問題――を意識して書くように努めています。(全部がそういう記事ではありません)しかし、毎日のちょっとしたこと、感じたこと、子どもの近況、あるいは英語学習について振り返ったり、また考え見ても良いかも、と思い、日本語も始めました。

 そうは言いましても、何か書くには時間が必要であり、タイムマネジメントが一層必要であることは間違いありません。これも勉強だなぁと思います。


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「いやいや2歳」が過ぎて……

 親になってから2年と1カ月が経ちました。結婚してから8年目にして子どもを授かった私たちでしたが、子どもが幸せでいてくれることが親として一番嬉しいんだということを肌で感じる毎日です。生まれるときには、「常位胎盤早期剥離」(要するに、胎盤が剥がれ始めてしまうこと)で、緊急手術をして取り出されて生まれたので、最初は、チューブをいっぱい付けられて保育器の中で過ごすこと3週間。(そのときのことを5回シリーズで、英語のブログ「You Can Do It!」に書きました。興味のある方はどうぞ)しかし、その後は大禍なく過ごしてくれています。

 ところでこの時期の子どもは、国を超えて、民族を超えて(?)、同じような行動を示すと言います。それは「いやいや2才」。英語では「terrible twos」。(terribleはひどいとか、恐ろしいという意味です)とにかく、あれも「いや!」、これも「いや!」、ご飯食べるのも、片付けも「いや!」「いや!」「いや!」。一応、知っていたのですが、さすがに、「いや!」の連発を聞くと気がふさぎいだものです。

 しかし、ものの本で、「いや!」と言ったら決してしからず、「あぁそうなんだ。いやなんだ」と受け止めてあげましょう、とありましたので、な~んだと、そうしているうちに、それほど長く続くことなく、「いやいや」はどこかに行ってしまいました。

 最近嬉しいことには、娘の視界にこの私が入るようになったらしく、とっても懐いてくるようになりました。(ということは、子どもは究極のママっ子。2人は大の仲良しです~)とにかく、生きているのが嬉しいらしく、所構わず、「ハハハハハハハハハ」と笑いの練習(本番?)が始まります。家でも、外でも、スーパーでも。この点、母親似。

 お腹にいたときから生長の家の神想観や聖経読誦になじんでいるからでしょうか、聖経を読み始めるとどこにいても、すっ飛んで来ます。とくに、ロウソクとお線香の香りが大好き。親に合わせて自分も合わせて、聖経を開きながらぶつぶつ言っているときもあります。そして愛読書は『新編 聖光録』とシドニー・シェルダン。『新編 聖光録』はその辺においてあるからなのですが、英語の本が好きで本棚から引っ張りだしてきて困るので1冊読んだものを与えてあります。1人遊びでよく読んでいます。

 有り難いことに友達も沢山できて、特に、隣の阿部さんの「ちーちゃん」とはほとんど毎日遊んでもらってます。月齢がほぼ同じなので、両家にとってVery Good! また、妻の生長の家のヤングミセスの友人、多田家のゆきお君とも仲良しです。

 とりとめなくてすみません……。子どもの近況でした。

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"Tokyoites"

 9月のNHKラジオ「ビジネス英会話」で、「Angelino」という言葉が紹介されていました。これは、「Los Angels」に住んでいる人、という意味なんだそうです。アシスタントのクリス松下さんの説明によると:

  "Angelinos" is the word used to talk about people who live in Los Angeles. There is a few different patterns that are used for referring to the people who live in a city. For example, in...people who live in Chicago are called "Chicagoans." People who live in New York are called "New Yorkers." People who live in Boston are called "Bostonians." And one more, people who live in Tokyo in English are called "Tokyoites."
「Angelinos」(アンジェリーノ)はロサンゼルスに住んでいる人のことを話す場合に使います。都市に住んでいる人を呼ぶ場合にいくつか違ったパターンがあります。たとえば、シカゴに住んでいる人は「Chicagoans」(シカゴアン)と呼ばれます。ニューヨークに住んでいる人は「ニューヨーカー」。ボストンに住んでいる人は「ボストニアン」。そしてもう一つ、東京に住んでいる人は「Tokyoites」(toukiouait)です。(日本語は拙訳)

 なのだそうです。
この番組で、杉田講師とクリスさんのやりとりをディクテーションして送ってくださっている川本佐奈恵さんが発行しているメルマガの購読者の方によると、

 地名から、そこに住んでいる人を表す名詞を作るときには er や anや ite のほかに「Islaeli」「Kuwati」の「i 」などがありますが、面白いところでは「Sydney」は、「Sydneysider」と「sider」をつけると教えてもらったことがあります。

 とのこと。私の場合は「千葉県民」。これは英語で何て言うのかなぁ???

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