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異文化コミュニケーション

「異文化コミュニケーション」という学際があることを知ったのは、3、4年前でした。当時、NHKラジオ「ビジネス英会話」で「土曜サロン」を担当されていた馬越恵美子先生が番組でよくおっしゃていたからです。その頃私は職場で、海外で行われている行事を記事にする仕事をしていたので、異文化を理解する必要があり、馬越先生とネイティブのやりとりをとても興味深くお聞きしていました。

 この学問は比較的新しいのだそうで、エドワード・T・ホールという人の『沈黙のことば』(The Silent Language)が好著なのだそうです。(だそうです、と書いたのは私自身はかじった程度しか読んでいないので)その中でおもしろいと思うのは、文化には、高コンテキスト(High Context )文化と低コンテキスト(Low Context)文化があり、それぞれの文化に属する人には一定のパターンがあるということです。

 高コンテキスト文化においては、人と人は深い人間関係で結ばれていて、話さなくても分かる、いわゆる「以心伝心」が通用する文化、だそうです。何となく想像がつきますが、日本が典型的な例なのだそうです。一方、低コンテキスト文化とは、人々の間で共有される情報が限定されるため、1から10まで全て説明をしないと理解されない。従って、自らの意志や意図を、人々に示すコミュニケーション能力が非常に重要とされる文化、だそうです。典型的な例は言うまでもなくアメリカです。

 ですから、国際的な会議、その他のイベントにおいて、日本人は自分を表現するのが上手くないと言われてしまい、その点損をしていることは否めません。

 英語を勉強し始めて、ネイティブの先生から教わるようになり、色々と日本のことについて、仕事について、自分の考えについて聞かれるようになり、日本語でそんなこと考えたことあるかいな? と思い当たることがよくありました。日本語で考えたことがないことを英語で考えるのは、今の私には非常に辛いことです。なぜ、今の仕事をしているのか、なぜ、日本にはこんなに自動販売機があるのか、なぜ、日本社会にはいじめ、汚職、談合が後を絶たず、またメディアは繰り返し取り上げるのか、等々……なぜ、なぜ、なぜ、なぜ??? 良くこんなに質問することがあるなぁと思うぐらい、聞かれるので、ものごとを考える癖が少しずつ付いてきました。

 それに関連しますが、私はいろいろな国や地域でお話をさせていただく機会がありますが、出て来る質問がそれぞれの文化によって違う、と思うことがあります。日本を含むアジアの国や地域においては、たとえ人々が聞いているとしても、質問は自分の生活にかかわること、あるいは悩んでいることが多いのですが、欧米の国々では疑問に思うから、知りたいからたずねる、ということです。そして、時々何を質問されているか分からず戸惑ってしまうこともあります。これも文化を超える際には必要なことなんだと思います。

-TA

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