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谷口清超先生、心から感謝申し上げます

 谷口清超先生が逝去された10月28日午後10時21分は、ハワイの時間ではその日の朝になります。上司である勅使川原淑子・アメリカ合衆国教化総長からこのことをお聞きしたとき、全身の力が抜けてしまったような気持ちになりました。そして先生から頂いたご指導の数々が次々と蘇ってまいりました。

 私が生長の家のみ教えを自分自身で学ぶようになったのは昭和62年の4月、先生が生長の家総裁になられた1年半後のことでした。ですから私は谷口雅春先生のことはご文章でしか存じ上げない世代です。従って、私にとっては「生長の家総裁」イコール谷口清超先生でした。

 私は先生のご文章が大好きで、体験談を織り交ぜながら真理をどのように生活に生かせばよいのかについて、そして青年に対する力強いご文章に、とりわけみ教えを学び始めた当時は惹かれていました。しかし、大変申し訳ないことに、先生のご講話の価値がその当時は理解できず、ご講話を拝聴しては居眠りをよくしていたものです。

 そんな私でしたが、先生がご指導くださる講習会が当時1年に1回あり、当時愛知県の生長の家で活動をしていた私は、信仰仲間とその盛会を祈念して、3月の講習会の1か月半前ほどから朝5時10分から熱田神宮での神想観に毎日参加していたのです。この神前での神想観は1月の終わり頃から3月はじめまで続きますので、冬の一番寒い時期に行われます。その神想観は石砂利の上に新聞紙を引いて正座をして行いますので、深々と寒さが身に染みてきて、最初の頃は神想観どころではありませんでした(“寒想観”でした……)。ところが慣れてくると、凛とした冷たい空気が体に馴染んでくるようになり、これまで味わったことのない、深い感動が心の底から湧いてくるようになりました。そして病みつきになり、恒例のこの神想観は大学を卒業するまで毎年参加し、ほぼ皆勤だったと思います。

 そして講習会当日を迎え、先生が入場して来られたとき、得も言われぬ熱い思いが涙とともにこみ上げてきました。後から気付いたことですがそれは、先生の深い愛に触れた思いだったと思います。そして先生のご講話を拝聴すると、そこには先生の参加者に対する、信徒に対する、そして全ての人類に対する深いご愛念とユーモアに溢れており、深い真理の言葉を分かりやすい言葉で説かれる先生のご講話にすっかり魅了されるようになりました。

 先生から個人的なご指導を頂いたことはありませんが、とても印象に残っている“事件”があります。それは、生長の家本部の青年会部(当時)で中高生育成活動のスタッフとして働いていたとき、生長の家青年会の最高意志決定機関である、青年会中央委員会が年2回開かれ、その会議に参加させていただいたことがあります。青年会長をはじめ20名ほどの役員が名を連ね、当時25歳だった私ははじめて総裁先生のご指導を間近に頂く機会で、こっちこちに緊張しておりました。

 会議の参加者の中にはいつも面白いことを言う人がいたのですが、先生はその人が指名されるとまだ面白いことを言う前からにっこりされ、その人が期待に違わず面白いことを言うととても楽しそうに笑っておられる姿がとても印象的でした。そしてその会議の最後には先生からお言葉があり、そのお言葉を議事録に載せて全国の委員長はじめ幹部に送るということで、出席者のうち4人の人が手分けをして速記をし、それを照らし合わせてなるべく正確にそのお言葉を再現する手はずになっていました。

 先生はそのとき、神想観について、参加者全員の魂を揺さぶるようなご指導を諄々としてくださったのでした。「神想観は小さい頃からするように指導してください。小さいからと言って単にお祈りをさせるだけでは不十分です。小さい子どもでもピアノを習うときには本物のピアノで練習するでしょう。おもちゃのピアノでは上手になりません。それと同じ事です……」20分間ぐらいお説きくださったでしょうか。魂の底に響くお言葉とはこのことか、と思ったことでした。筆記しながらも魂が高揚したことをだいぶ年月が経った今でもはっきりと覚えています。

 ところがその後“事件”が起きたのでした。速記したものを4人が照らし合わせてみると――その中の1人が、ほとんど速記していないのです。というのは、途中から先生のお話があまりに有り難くて書くことを忘れ、ひたすら合掌していた、というのです。その人は人気サイト、「光のギャラリー~アトリエTK」管理人こと、小関隆史・本部講師です。ご自分の仕事を忘れてしまうのは困ったものですが、小関講師が合掌をして聞き入りたくなるのがよく理解できるほど、そのときのご指導に感動したものです。

 あと音楽が好きな私にとって谷口清超先生が聖歌をこよなく愛され、作曲までしてくださったことは、とても幸いでした。毎年のように先生が新聖歌を発表してくださっていたときはその有り難さにあまり気付きませんでしたが先生が聖歌を発表されなくなって初めてその有り難さに気が付きました。

 広報・編集部(当時)に在籍していた当時、聖歌隊の事務局を担当してこともあり、先生の新聖歌の楽譜をいち早く拝見できたのは、「役得だぁ~」と当時の上司と喜び合ったものです。しかし……最初は先生の曲想があまりに自由奔放のような気がして、歌いにくさを感じたりしてしまったのですが、何度も何度も聞いていると次第にそのメロディーに魅せられてきました。生長の家聖歌隊で長年指導をされている本間充先生もそのようなことを普及誌の中でおっしゃっていたことを覚えています。

 あと先生がお若くして生長の家青年会の会長になられ、講習会の指導に赴かれ、ご文章を発表されていたことは、私にとって大変励みとさせていただいておりました。20代の中頃から人前で話す機会が与えられ、30歳前に講師資格を頂いて人前で講話をするようになり、30代で一教区の教化活動の責任者となり、お役の重さにややもすれば落ち込み気味になっていたとき、先生がお若くして教団を代表する立場におられたことを、恐れ多いことではありましたが、励みとさせていただきました。

 先生から賜りましたご指導の数々を生活に運動に生かしながら、法燈を継承された谷口雅宣先生にますます中心帰一して参りたいと思います。先生、本当にありがとうございました。感謝、頓首、再拝。

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目指せ、環境先進州!

 土曜日の行事は、リーダーのための研修会が午後に、日本語の勉強会が夜に行われました。研修会は英語で30分の講話を2つ、そして質疑応答でした。内容は、『甘露の法雨』など聖経の素晴らしさについて、そして伝道の素晴らしさについて、でした。日本語の勉強会も30分の講話2つに質疑応答でした。内容は体験談を含めた言葉の力についての講話と日時計主義についての講話。そして日曜日は英語の一日見真会。私は2つの講話とQ&Aの回答、そして激励の言葉を担当させていただきました。皆さん、とても熱心に聞いてくださり、質問も運動への情熱を存分に感じさせてくださる、素晴らしい質問を頂きました。また最後には、英語での伝道の決意が次々と発表され、とても有り難く思いました。参加された皆様をはじめ、準備等で協力してくださいました皆様、ありがとうございました。

 月曜日は予定通りハワイに戻って参りましたが、面白かったのは、アメリカへの入国はカナダで行われた、ということです。入国の審査を済ませてから荷物をチェックイン、そして自分もチェックイン、でした。ところがここでハプニングが。私は日本国籍ですがアメリカに在住しているため、滞在目的を示すビザが必要です。もちろんビザはパスポートにしっかりと貼り付けてあるのですが、どこに住んでいるということを書いた紙が張り付いていないのです。どこかで取れてしまったようで、一瞬ヒヤリとしましたが、ただ書いて提出すればよく、事なきを得ました。

 さて本日(火曜日)、新聞を見ると嬉しいニュースがのっていました。オアフ島と少し離れたところにあるラナイ島に、州内の大手電力会社が超大型の風力発電装置を建設するとの契約を州と交わした、というのです。この装置が稼働して、パイプラインを通じてオアフ島に電力が供給できるようになると同島で使用する電力の3分の1は賄えるということです。ちなみにハワイの州政府は2030年までにオアフ島内のエネルギー需要の70%を代替エネルギーにする、という目標を立てています。記事は下記でご覧になれます。

 http://www.honoluluadvertiser.com/apps/pbcs.dll/article?AID=2008810210358

 ハワイには風力はもちろん、ものすごい迫力の太陽光線、そして海と自然の宝庫です。ぜひこの調子でアメリカ全体の環境対策をリードしていって欲しいと思います。大統領も間もなく変わることですし……。

-TA

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快適な空の旅

 ここのところ私としては珍しく、出張が続いています。先週にLAに行ったのに続き、今週末はカナダのバンクーバーです。今回は国境を越えるため、いつもと違ってパスポートを持って行かなければなりません。

 カナダに行くのは初めて、アメリカから日本以外の国に行くのも初めてと、いつもと勝手が少し違って新鮮です。アメリカの国内線はいつ乗ってもほぼ満席、食事のことについては前に書いたので書きませんが、イヤホンも有料、そして最近ではバッグを預けると15ドル手数料が必要です。

 ところが今回は国際線のためか、荷物も無料、イヤホンも無料、食事も無料(前欄に書きました要領で前日の夕食を早めに済ませたおかげで、機内食も美味しく頂きました、マル)、そして嬉しいことに席がガラガラなんです。周りと見回すとほとんどの人が3人がけの席に1人で座っています。いつも通路側の席を取るので、離発着の際に周りの景色を見る機会がないのですが、今回はじっくり見ることができて、ハワイの美しい海を堪能することできました。さらに飛行時間が5時間余りなので、資料に目を通したり、新聞や本を読んだり、またまたパソコンで仕事をしたりブログを書いたり、色々なことが余裕を持ってできます。客室乗務員の愛想がいい。これは私にとってはまさに「快適な空の旅」です。これは色々なフライトを経験したおかげでこんなに満足感を得ることができるのだと、感謝しています。

 さて、バンクーバー国際空港についてbaggage claimに進んでいったのですが、こった展示や館内に川が流れているようなところもあり、まるで美術館のような空間でした。それを出迎えに来て下さった、小林俊朗・トロント教区教化部長に申し上げたら、バンクーバーで2010年の冬季五輪が開催されるとのこと。なるほど……。

 さすがに夜と朝は、さむーーーーい、です。常夏の島、ハワイに赴任する際にまさかカナダに出張するなんてことは全く予想していなかったので、コートはもちろんのこと、上に羽織るものはジャケット以外に持ってきていないのです。それでも、外に出る機会はそれほどないし、中に色々着込んで備えているのでとりあえず大丈夫です。しかしこの凛とした、緊張感のある冷たい空気に触れるのは、本当に久しぶりです。2年ぶりかな。また木々が紅葉していて秋も深まった頃の総本山を思い出させてくれました。

-TA

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“空腹の価値”

 レストラン等で料理を注文すると、ときとして「ギョッ!」とする、予想外のものが出てくることがあります。また、機内食のような選べない食事であまり美味しくないものが出てくると、「うゎぁ~」と思ってしまうこともあります。

 世の中には3食まともに食べられない方が沢山いて、先進国で暮らす私たちがどんなに恵まれているか……頭ではよく理解しています。が、目の前に先に述べたようなことが起こるとがっかりしてしまうこともあります。

 しかしこの前の飛行機で、その克服法を発見しました。先週末にLAに行ったとき、色々と事情があって前日の夕食を午後4時半頃に頂き、翌朝も自宅の出発が午前6時と早かったため、何も食べないで空港に向かいました。そして搭乗してから約1時間半後、軽食のサンドイッチとスナックが配られました。何の変哲もないサンドイッチなのですがそれが美味しいこと、美味しいこと。機内食ってこんな美味しかったかなぁと思ったことでしたが、2日後の帰りにも同じものが出たのですが、まぁ同じだったということもありますが、全然美味しくない。パンはぱさぱさしているし……なんて不平が一杯出てくるのです。恐らく行きに頂いたものもほぼ品質は同じなのですが違っているのはお腹の減り具合。行きは17時間ほとんど食べていない後に頂いたのですが、帰りは会議で美味しいお弁当などを頂いた後で、それほど空腹ではなかった、というのが真相です。

 アメリカの国内線は食事は有料の場合が多いので買わなければそれですみますが、先日搭乗したハワイアンエアラインとか、長距離を飛ぶ飛行機(夜を超えたりする場合)では、食事が出てきますから事前に分かっている場合は空腹にしておくこと、これが何でも感謝して美味しく頂ける秘訣だと思いました。

 もちろん3食バランスよく食べることは大切だと思いますが、谷口雅春先生は「空腹でもないのに食べるから食事が美味しくないのだ」という主旨のことをどこかで書いておられたことがあると記憶しています。あまりバランスを崩すことはよくないと思いますけど、肥満や糖尿病という現代に特有な病気も、“空腹の価値”をもっと大切にすれば減少していくのだと思います。

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さすらいの障害者・イサムさん

 ブログは時として、ステキな出会いをもたらしてくれることがあります。同職の先輩、marioさんのブログで知った、自称、さすらいの障害者・イサムさんのブログを拝見するようになった。イサムさんは現在カリフォルニアにお暮らしで、ご自身の障害と正面から向き合い、そして明るく、エンジニアとしてお仕事の面でも充実した生活をされているご様子に、感動します。そして毎日起こる出来事をユーモラスに表現される才は、ちょっとやそっとではありません。ちなみにイサムさんご自身の経歴等は下記に詳しく書かれています。

http://www.geocities.com/isamush01/

 そのイサムさんから、「Berkeleyの自立センターの非公式の見解では、英語が喋れないのもdisabilityのなかに入る」ということを教えていただきました。そうか、私も最初は立派な障害者だったんです、ここでは。ん? 今もそうか……。でも、話している内容が分からない、うまく話せないという経験を通して障害を持っておられる方のお気持ちの万分の一は理解できたのではないかと思うと、有り難い気持ちで一杯になります。

 家内は自分のこと「今の私って、聴覚と話がうまくできない障害者みたいだよ」と言っていたことがありますが、Berkeleyの自立センターの見解とちゃんと一致しています。

 そしてイサムさんはこのように言っておられました。「そういえば、アメリカの野球の故障者リストも、Disability listですよね? 日本で、障害者は、健常者と対比されて、一般の人には、縁遠いものとされ、悲しい思いをするのですが、アメリカの方が、その点、betterなのかもしれません」。

なるほど、アメリカにはいわゆる障害者だけではなくて、英語が出来なくて苦労している人も障害者という概念に含めているぐらいですから、障害者はより身近な存在なのですね。勉強になりました。

 イサムさんのブログ、お勧めです。こちらからどうぞ。

 http://isamush.cocolog-nifty.com/blog/

 私の記憶では、お父さまはエンジン技術者でかつて、『聖使命』新聞にも大きく掲載されていたことがあると思います。

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LAから

 今朝ホノルルを発って、今ロサンゼルスに来ています。今日から日曜日まで3日間会議があります。

 ハワイから西海岸に向かうときには、なるべくならハワイアン航空を使うようにしています。理由はサービスが良いから。値段も他のエアラインと変わりません。ただし、時間が合うのがあれば、です。

 まず客室乗務員の愛想がいい。アメリカのいくつかの航空会社をこれまで利用してきましたが、平均してハワイアンが一番良いです。平たく言うと、日本人のサービスに近いのです。そして、無料で食事が出ること。ということは、他の航空会社だと5時間程度の飛行では食事は有料です。しかも、味が……なのです。

 経費節減なのでしょう、ハワイアンの食事も以前に比べると簡素になりましたが、それでも無料で出してくれるのはハワイアンだけなので、やっぱり選べるものならハワイアンを私は選びます。

 朝8時10分の飛行機に乗るために自宅を6時に出発。5時間のフライトでロサンゼルスに着くのは午後4時半なので、一日があっという間に終わってしまった気がします。その分、帰るときは少し長い一日を過ごします。

 今日は午後7時から9時半頃まで会議がありました。日頃誠心こめてお世話活動をされている方ばかりが集まるので、まるで仏様が集まったように温かい雰囲気で終始進行しました。

 それでは仕事に戻ります。仕事は、来週に伺う研修会等の準備です。

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王さん、ありがとう

 ダイエーホークスの王貞治監督が今季限りでユニホームを脱ぎました。子どもの頃はジャイアンツの大ファンで、王選手が756号のホームラン世界記録を樹立したときもテレビにかじりついて見ていましたし、王監督が引退したときは本当に寂しい思いをしたのを覚えています。そして、引退の挨拶の前後に、スタンドの四方に深々と頭を下げていたのもとても印象に残っています。また、王選手の最後のホームラン、868本目のホームランは私の誕生日である10月12日に放たれたものでそのときのこともよく覚えています。

 ONと言われた長嶋さん、王さんに共通していると私が思うのは、人の悪口や悪いことを決して言わない、そして、ファンを心から大切にするということです。お2人がテレビで解説したり、監督として口を開いたとき、選手を悪く言ったという記憶は私にはありません。もちろん激励や叱咤はあるでしょうけど、その裏にその何十倍もの愛情が見え隠れするどころか、ありありと見えます。

 お2人にまつわる逸話は沢山あるでしょうが、私が印象に残っているのは、お2人ともまだ選手だった時代、試合中強い雨が降ってきたときのを見て言った次の言葉です。

 長嶋「これだけお客さんが来てくれているんだ。お客さんのため
    にも試合を続けるべきだ」
 王 「これだけ沢山集まったお客さんを濡らしてしまって、不快
   な思いをさせたくない。試合をやめるべきだ」

 結論は正反対なのですが、思いが一つであることをよく物語っていると思います。

 王さんの引退に際しては沢山の人がコメントを寄せていますが、愛弟子でマリナーズの城島選手のコメントでとても印象に残っているものがありました。それは、敬遠のサインが出ていてピッチャーが投げたボールが大きく外れて、城島捕手はジャンプして捕球したそうです。それでベンチを見ると監督の王さんも一緒にジャンプしていた、というのです。また、「俺たちにとっては今日の試合は140分の1だけど、一生のうちで今日しか野球を見に球場に来ない人もいるだろう。だから全力で戦うんだ」とよく言われたというのです。

 私は小学生の頃、父に連れられて横浜スタジアムに巨人―大洋戦(当時)を見に行ったことが一度だけあります。王さんが引退する前の年、たしか昭和54年だったと記憶しています。私の故郷静岡では巨人の公式戦が行われないため、巨人の試合を生で見たことはそれまで一度もありませんでした。その日は何ヶ月も前から心待ちにしていて、当時はまだ乗るのが珍しかった新幹線に乗り、心ときめきながら横浜スタジアムに向かったのを覚えています。同球場はできたばかりで人工芝が照明に照らされてとてもきれいで、野球大好き少年にはもう最高の日でした。しかしながらあいにく、その日の巨人はいわゆるローテンションの谷間で、序盤から大洋に大量点を取られ、見ていて全然面白くない試合でした。しかし最後の最後に王さんは打ってくれました、ホームランを。私は、城島選手のコメントを読んで、真っ先のその日のことを思い出していました。

 もちろんワールド・ベースボール・クラッシックのときの神懸かり的な采配も忘れることができません。それまで不振を極めていた現在カブスに所属する福留選手は準決勝、決勝に代打で起用され、準決勝の韓国戦で7回の表に貴重な先制ホームラン(決勝点)を放ち、そして決勝で9回の表にまたまた貴重な追加点を叩き出すヒットを打ったのは、ご本人の活躍もさることながら、その采配も語りぐさになっています。しかし王さんは福留選手の練習中でのスイングがそれまでと違っていることを確認し、代打で使おうと思ったのだそうです。

 日頃感情を出さないマリナーズのイチロー選手が、ホームランを世界一打ったとか、そういうことではなく、この人に恥をかかせられないと思わせる人と言うのも、外から見ているだけでも頷けるような気がします。また出場した若い選手が“世界の王”に気兼ねなくプレーできるよう、ご自身から話しかけていかれ、また、「野球を楽しもう」と声を掛けられるなど、一流選手を結束させる素晴らしい素質をお持ちなのだと思います。

 また辞任会見は一部しか見ていませんが、冒頭の数分間だけでもお人柄がよく表れていました。ご自身がユニホームを脱ぐにあたり、チームの不振を全て自分の責任とされていること、まぁこれはそういう監督は沢山いるでしょうが、やめるにあたって、球団の事務局サイドにも配慮されているのです。オーナーやオーナー代行と王さんとの間にたって調整を図った常務取締役に対して、「竹内常務が間に入って一番苦労されたと思いますが」という主旨のことを言っておられました。自らの辞任会見でそこまで人に気を配るのか、と驚きました。楽天の野村監督が「王を悪く言う人はいない」というのもよく分かります。

 いつしか巨人ファンというわけでもなくなり、野球そのものに熱中しなくなって久しいのですが、王さんの監督辞任にあたり、関係者の皆さんのコメントを読んだり聞いたりして、久々に野球を好きだった頃のことを思いだし、また、王さんのお人柄にひときわ感動した次第です。名選手、名監督ならずの通念は少なくとも王さん、野村監督には当てはまらないようです。

 王さんはもう次のお仕事に向けて張り切っておられるようです。いつまでも野球少年のようなキラキラ輝いた瞳とひたむきな姿勢をぜひ、見習いたいと思います。

-TA

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なぜ、ここにいるのだろう

 ときどき、どうして自分がここにいるのだろうとか、私がこの役目をしていていいのだろうか、と考えることがある。確かに自分で選んだ仕事ではあるが、この地に来ることを自分で選んだわけではないし、今の役目も立候補してやっているわけではない。だからなぜここに、そして何のためにということを自分の中でしっかり納得するまで時間がかかっている。が、ここでしか学べない大切なことを学ぶために、そしてここにいる人の役に少しでも立つためにいるのだということが、有り難く感じられるように少しなってきた。

 と微妙な言い回しをしたのは、これまで自分の役回りをとても負担に思っていたからだ。色々なことをするにもとにかく時間が足りない。英語がネイティブな人々の前で話をするのだから、ちゃんと準備をして練習もしたいのだけど、これだけ日程が詰まっていると準備まではできても練習ができない。練習ができないとどうしても壇上でぎこちなくなる。今回のサービス(10/5)では伝えたい内容が画像でもあったので、パワーポイントを使ったが、これを使うと資料をおくスペースを色々と整えなければならず、原稿を持つ手の位置がずれたりして、こういう些細なことが講話に影響したりする。こうした微妙な感覚はなかなか説明が難しい。

 それでも私が講話をするときに人が集まってくださり、そして聞きにくいであろう英語であっても「wonderful message」とか毎回言ってくれる人がいると、何時間も苦労して準備した甲斐があったと、素直に思えるようになってきた。それまではそういう心の余裕が全くなかったのである。

 それにしても最近のスケジュールには圧倒されっぱなしで、移動も多いし、毎週のように大きな行事が来るので、準備の量も半端ではない。そしてこの状態が11月下旬まで続く。そういう立場に慣れている人には何と言うことはないのかもしれないが、私のようなこれまでわりあい生温い環境にいた人間には結構こたえる。不覚にも体がちょっと悲鳴をあげて、喉は痛いし咳もかなり出る。寝込むことができない状況なので早めにかかりつけの医者に行った。そうしたら、「そのスケジュールじゃぁねぇ。まぁ少しでもゆっくり休んでください」と言われた。この医者のことを私は名医だと思っている。たいしたことがない場合、症状を一通り言うと私の故郷のことを尋ねてきたり、先生が近況を教えてくれたり四方山話で終わる。それで出される薬はいつも一緒である。あぁたいしたことないんだ、と分かる。ところが一度食中毒になって行ったことがあって診察を受けたら、ものすごい真剣な表情で、点滴をしたり、色々な処置をしてくれた。

 というわけで私が遠くに出張するのが2週間続くので、家内と娘は今日から日本に一時帰国しています。家族が帰国している間は結構寂しい気持ちになったりするのですが、今回ばかりはそういう余裕がないかもしれません。まぁそのぐらい、仕事が沢山あることは、とても有り難いことであり、人々に明るい言葉、真理の言葉を伝えることは自分が一番浄められるし、勉強になるのだから、もっと感謝しなければいけない、と思います。が、いつになったら英語の講話に慣れることができるのだろうと、毎回講話の後に嘆息をつく日々です。

-TA

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良い言葉の魅力と……

 この地では、自分に自信があること、そして、自分の意見をしっかり持って主張する能力が評価される、とういことを何度か紹介しましたが、プリスクールの先生が連絡帳に書いてくれる娘に対する評価を見るとそれをさらに感じます。それとともに、賛嘆の言葉を惜しみなく、これでもか、というほど書いてくれるのを見るととても嬉しくなりますし、そういうポジティブな面を伸ばそうという発想が、この国の教育には根付いていることを改めて感じます。

 先生が褒めてくれるポイントは、自信があること、自分にプライドを持っていること、そして自分でやろうとする姿勢が多いです。私たちにとってはあまりそれらが強すぎるとなぁと思うのですが、先生は、毎回のように、重ねてその点を賛嘆して書いてくれます。アメリカの素晴らしい底力の源泉がこういうところにある気がします。

 その半面残念だと思うのは、コップからスナックのお皿、そしてハンカチまでみんなペーパーでできた使い捨てのものを使っていること。これだけはどうにかならないかな、といつも思ってしまいます。この便利さに慣れ切ってしまったライフスタイルが地球温暖化の原因、ということをどのタイミングで、どの人に、どのように説明すれば良いのか、考えれば考えるほど、禅の公案のように思えてきます。

 しかしその一方で、宗教の違いを超えて人々に環境問題についての啓蒙を行おうと立ち上がる団体が結成され、太陽光発電の推進に力を入れようとしていたり(ハワイには太陽が直角にあたるので、太陽光発電にとても適しています)、素晴らしい面ももちろんあります。そういう面がどんどん伸ばしていって、ライフスタイルを改めるまでいくといいと思います。

-TA

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感じたこと

 私たち家族は初めてアメリカ合衆国における他教区の行事に参加させていただき、色々な面で勉強させていただき、沢山の感動を頂くことができました。そして、とても有り難いと思ったのは最後の決意発表の際、多くの方が「伝道への決意」を口にされていたことです。こういう方々がいらっしゃるのだから、北加教区は鶴田・新教化部長のもとでますます伸びていくことを確信しました。

 サンノゼ、サンフランシスコに伺って思ったことの一つは、頂いた日本食が日本で食べていた味にそっくり、ということです。逆に言いますと、ここハワイの日本食は一部の高級なレストラン(私たちにとってはということですが)を除いては、日本食が現地の人たちのテイストに合うよう、アレンジされているということです。日本食を食べているのですが、ちょっと違うんだよなぁと感じることが少なくありません。この味を日本で出しても食べる人はあまりいないだろう、という味にもよく出くわします。

 私たちのような日本人には、ちょっと興ざめな感じがしてしまうこともありますが、少し大げさに言えば、日本の食文化が現地で受け入れられ、現地の文化と融合しているのですから、これは日本食の世界への普及という観点からすれば、とても素晴らしいことなのだと思うのです。

 その他に感じたことは、かの地においては、極端に太っている人を見かけなかったことです。それはハワイに戻ってきてレストランで夕食を食べているときに見回すと、ものすごい体型の人がここそこにいて、温暖な気候と人の良い、緊張感の割合少ない生活をしていると、セルフコントロールが疎かになってしまう人もでてきてしまうのかなぁと感じた次第です。

 さて、練成会が終わってから、サンフランシスコのホテルまで送っていただく道すがら、かの有名な金門橋を通り、ちょっと高いところから展望もさせていただきました。この日はものすごい風で、ジャケットを着ても寒かったです。

 帰りの飛行機は約1時間半ほど出発が遅れましたが、特に問題もなく午後4時過ぎにホノルルに到着。娘は「明日からプリスクール、嬉し~い」とはしゃいでいました。時差3時間は、たいしたこと無いようで、それなりに調整が難しかったです。着いた日は緊張感もあって、なかなか眠れないですし、帰ってきてからは、夕食後の7時頃には眠気が襲ってきました。(現地時間では既に10時です)

 それでも家族共々、貴重な掛け替えのない経験をさせていただいたことに感謝しています。

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        金門橋をバックに家族で

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           金門橋です

-TA

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