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「Yes」「No」の意思表示

 これまで何度か書いたことがある気がしますが、こちらでは「Yes」「No」の意思表示は、私たち日本人からすると、そんなにハッキリ言わなくても……と思うぐらいハッキリしています。娘からもときどきそれを感じます。

 それに関連して、最初の頃にとりわけ困ったのが、日本語で「はい」という所を英語では「No」と言なければならない場合があることです。具体的には、

 A:「あなたはそのやり方が好きではないのですね」
 B:「はい、そうです。好きではありません」

 という会話があったとすると、Bさんが答えている「はい、そうです」は、英語では「No, I don't」と言わなければなりません。日本語では相手の言葉に同意していることを強調するので、「はい、そうです」となるのですが、英語では「自分が好きではない」という意志をハッキリ示すことが強調されるので、「No」となります。「No」を使わなくても、「Exactly」などを使えば日本語と同じような発想になるのですが、実際には、「No」という事が多いと思います。

 私はこれに慣れなくて、本当に困りました。自分で言う場合にも困りますが、相手の気持ちを慮って、「~ではないのですね」とニュアンスで言うと、キッパリと首を横に振りながら「No!」と言われると何となく寂しい気持ちになるのです。相手が私の言ったことを否定しているのではなく、自分の意志を明確に表現しているのだとは分かるのですが、そのキッパリ感にはいまだ慣れません。

 娘が、「パパ、これやってもいいでしょう?」と英語で聞いてきたときに「No」と答えると、毅然として、「Yes!」と言ってきます。日本語だと、「ダメだよ」と言ったところを、「やってもいいじゃん!」という感じですが、「 Yes」「No」の言い方一つ見ても、アメリカ人に教育され、アメリカ人の友達の中にいると、アメリカ人ぽくなるのだな、と感じます。

 こちらではよくあることですが、日本人の女性と現地の男性が結婚してここに住んでいる場合、子どもさんが日本語を話せない、というケースが結構多いです。お母さんはバリバリの日本人なのに、子どもさんはほとんど日本語が話せないなんて、おかしい気がしますが、小さいときは母親と日本語を話していても、友達ができて、学校の勉強が忙しくなると、日本語からは次第に遠ざかってしまうようです。だから、そんな環境の中で、子どもに日本語をキープさせるためには、母親の強靱な根気とエネルギーが必要です。

 私たちのように期限があってここに住んでいる家族は心配する必要はありませんが、生長の家の母親教室に参加してくださっている皆さんのように、現地の男性と結婚してここに住み続けることを基本に考えている家庭では、2歳ごろから日本語の教室に通わせているケースが多い、と聞きました。実際に、最近来てくださってる家庭のお子さんは全員、2歳から通っています。

 アメリカに来て結婚して、ご主人が大きな病気にかかり、それを克服された後に妊娠され、色々悩みながら子育てをしている方で、母親教室に参加するようになって、ご夫婦が一層調和して、子どもがとても明るくなって、こんなに素晴らしくなってとても感謝しています、というお礼のメールを先日頂きました。その方は家内にもそのお話を存分にしてくださったそうで、生長の家の教えは素晴らしいなぁということを、ますます実感した次第です。

 母親教室はその方が熱心に声をかけてくださって、一時は10人以上来られたときもありましたが、その後、生長の家の教えを学びたい、という方が4人ほど残ってくださって、その方々と一緒に、今も母親教室は続いています。

 ところで娘は、「英語が第一言語ではない」あるいは「英語を家庭で使っていない」児童に相当するので、授業の合間をぬって「ELL」の授業を受けています。ELLとは、「English Language Learners」の略で、英語学習者ほどの意味です。時間的には毎回、15分とかせいぜい30分ぐらいだそうです。それで先日、ELLのクラスで英語の進捗状況を調べるため、今、テストをしています、という通達が来ていました。

 ある日娘が、「今日は私1人であと先生が2人いたよ」などと言っていた日があって変だな、と思ったのですが、その日がテストの日でした。娘はテストという概念をあまり理解していないので、先生が2人いて生徒は自分1人だったのが不思議だったようです。

 2、3日前に偶然、ELLの担当の先生に会ったら、「Manamiは英語がとっても上手になりましたね~。ハッキリとしっかりと話せるし、素晴らしいですよ」などと振り手振りでさんざん褒めてくれた後、「あとはライティングが出来たら言うことないですね」と付け加えてくれました。娘のライティングは確かにまだまだなのですが、良い点を大きく認め、その後に課題を付け加えるという言い方は、日時計主義的で、聞く方にとても安心感を与え、素晴らしいことだと思います。

 阿部 哲也

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コメント

英語を使いこなせていないワタシには、解っちゃいるけど、高度な話題。。。Yes,Noについて(笑)

例えば今日、Hawaiianの方々とLunchをした後、その方々の分まで食器を片付けようとしたら、Hawaianの方が、
“私が片付けますから良いですよ”
と英語で言ってくれました。でも私が片付けたかったので、
“No,I do it.”
と笑顔で答えて、片付けました。
Hwawianの方の答えは、
“Oh, Thank you .”
でした。
この場合の言い方は、果たして良かったんでしょうか???

また、親子で違う言語、というのは、私のように英語ができない親にとっては、致命的ですね。母親教室に来て下さっている日本人のお母さん方は、みなさん英語はお上手ですので、ご本人は困らなくても、日本のご実家のファミリーの皆さんとのやりとりを考えると、やはり日本語は必須ですよね。バイリンガルは、出来上がってしまえば、こんなに便利な事はないのでしょうけれども、その過程に必要な努力を想像すると、頭が下がる思いです<(_ _)>

投稿: manamama | 2010/02/14 10:28

Terumama-san,

 多分それで通じているので、良いのだと思います。
 
 一口に「バイリンガル」と言っても、母国語以外の言語の習得の程度は基準によって、「話せる」「話せない」が変わってきます。ある程度コミュニケーションができる、ということであれば Terumama さんも「バイリンガル」に入るし、習得のレベルを高く設定すれば、事情が違ってくるでしょう。

 いずれにせよ、習得の過程で努力が必要なことは間違いなく、その年齢が低ければ低いほど習得に要する時間は少なくてすむのだと思います。

-TA

投稿: TA | 2010/02/15 13:22

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