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“攻撃的読書”

 ロシア語の通訳者・翻訳者で作家でもあった米原万里さん(故人)が、『言葉を育てる』という本の中で、俳優の児玉清さんとの対談で次のように述べている箇所があります。

~~~~~~~~~~(以下引用)~~~~~~~~
米原 ロシア語学校に行って、国語の授業の違いに愕然とした
   んです。日本だと「よく読めました」でおしまいだけど、
   プラハでは「よく読めました。では今読んだところをか
   いつまんで話しなさい」ってやられるの。毎回。
児玉 要点を言いなさいと。
米原 これやられると、読みながら中身をつかまえるのが習性
   になるんです。受け身ではない攻撃的読書。
児玉 今のお仕事にすごく役に立ったでしょう。我々は勝てな
   いですね、その人たちに。
米原 脳は出力モードだから、話すという形で出した方が、読む
   時の吸収力も増すと思うんです。
                   (『同書』54~55頁)
~~~~~~~~~~(引用ここまで)~~~~~~~~

 この中の“攻撃的読書”という言葉がとても印象に残りました。確かに、読んだ内容、あるいは聞いた内容を伝えるという目的があると、読む姿勢、聞く姿勢も違ってきます。確かに生長の家の布教活動においても、教えをただ学んでいるときと、伝えようとして学ぶときとは、教えの吸収の仕方に大きな違いがあるのと同じだと思いました。

 情報源を失念してしまいましたが、次のような話を聞いたことがあります。それは、小学生か中学生のあるお子さんが塾も行かないで常に成績がトップだというので、どういう勉強をしているか調べてみたところ、その子のお母さんが色々な事情で学校へ行けなかったので、息子さんに「学校で習ったことを教えてほしい」と頼んだというのです。それで親孝行の息子は学校で習ったことを母親に伝えるために、授業中、必死で先生の言うことを聞いていたため、習ったことを驚異的に記憶していた、ということでした。

 先日もABCテレビのニュースを見ていたら、レポーターの人が小学校に入っていって小学生に質問している場面がありました。メキシコ湾で起きている原油流出の事故について、色々質問しているのです。そして小学生が意見を言うと必ず「Why?」と言って理由を聞きだし、その答えをもとにさらにディスカッションを上手に発展させていっていました。

 娘もプリスクールの時代から(3歳、4歳から)、意見を言って、理由を聞かれて、「because」で始まるセンテンスを話していたように思います。ただし、その頃はほとんど理由になっていませんでしたが。。。しかし、そうやって自分の意見を言い、その理由を話す習慣をつけていれば、身の回りで起こることも色々と考えながら、積極的にとらえることができるようになるのだと思います。

 生長の家の書籍や雑誌の一部を読んで感想を述べあう「輪読会」はどの国でも行われていると思いますが、日本の方は一般的にシャイだと思います。ハワイ教区では、日頃よく話す人はもちろん、普段はそれほど話さない人も意見を求められると堂々と、その文章に関連する自分自身の体験や疑問を投げかけたり、実に積極的に意見交換が行われている場面をよく目にしましたが、これはそういう教育を受けてるからだと思いました。ちなみに、日本語の母親教室に参加されていた若いお母さんたち(日本人)も、初めて参加された方でもご自身の意見をしっかり言われるのに感動したことがよくありました。

 私もアウトプットを意識した読書をしていこうと思います。
 
 阿部 哲也


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「考えよ!」

 ワールドカップが開幕し、日本代表が初物づくしの1勝を挙げました。初物づくしとは、海外のワールドカップで初、日本人監督として初、ワールドカップ初戦で勝ったのは初、などです。日本人として、サッカーファンとして、喜ばしいこと、この上ありません。4年に1度のサッカーの祭典に出場できるというのに全然盛り上がっていませんでしたので(しかし、国民の期待が高まらなかったのは結果としてはプラスに働いたと思います。期待が高まるとメディアへの露出が増え、余計なプレッシャーがかかります)、この快挙には喜びもひとしおです。

 それにしてもあきれるのは、これまで岡田監督(およびその戦略)に批判的だったメディアが一斉に、絶賛に変わっていることです。ご都合主義と言いますか、そういう論調だったらプロの書き手でなくてもできるわけで、もう少し深い洞察をもって、何ができていて、何ができていなくて、どうすれば良いのか、どういう点に注目すればより楽しめるのかを、専門家の立場で書いてくれればいいのに、と思うこともしばしばありました。(もちろん、そういう記事を書いてくれる人もいますが)

 そこへいくと前日本代表監督のイビチャ・オシム氏の見方は非常に的を射ていて、私は同氏のコメントを読んでいるとすっきりします。同氏の言葉は時に哲学的で、難解で、しかし人生知に満ちているということで、「オシム語録」などと呼ばれ、書籍で売られたりするほどです。今回もワールドカップの日本代表への提言という形で本が出版され、そのタイトルが、『考えよ!』というものでした。

 私はタイトルが気に入ったので購入しましたが、読んでいて、人生に通じる面が多々あると思いました。同氏が掲げるサッカーは「考えて走るサッカー」ですが、人生においても、自分は何をしたいのか、何のためにやっているのか、自分がすることによって人や社会にどういう影響があるのか、ということを常に自分の頭で考え、それをある程度説明できるようにしておくことはとても大切だと思うのです。アメリカでの生長の家の布教を通して、その必要性を痛感しました。

 この本には、オシム氏の日本サッカー界に対する並々ならぬ愛情があふれていて、中には日本の教育システムや選手を名指して批判している部分もあるのですが、それが決して嫌みにならず、本人たちもそれを読んだらきっと参考になるだろう、と私には思えます。しかし同氏は、日本人は欠点を指摘すると批判していると思われるから困る、と嘆いていたことがありました。確かに欠点を指摘するのは難しいです。指摘された方は間違っている指摘はもちろん、あまりにストレートに言われた場合に傷つくこともありますから、適切な人、言い方、場面が整ったときにはじめて、功を奏するのだと思います。

 またオシム氏は同書の中で繰り返し、相手に対するリスペクトがなければならない、しかし相手を過大評価してはならない、と述べています。私はこれは人生における人間関係、そして問題への対処に対しても同じ事が言えるのではないか、と思いました。過大評価をは恐怖心を生み、自分にはできない、という自信喪失につながります。しかし過信してはやはり実力を発揮できませんから、そのバランスが大切、ということだと思います。同氏は、今回の日本チームの予選について次のように述べています:

  日本がカメルーン、オランダ、デンマークという3つのチームに
 負けることは、たいした痛手ではない。何も失うものは無い。世
 界の基準から見れば予想通りの結果に過ぎない。負けても現
 在も同じ状況に留まるだけのことである。
  しかし、もしそこで勝利を得られたならば、それは「自信」とい
 うとてつもなく大きな財産となるのだ。(『同書』145頁)

 このように考えることができれば、たとえ初戦のカメルーン戦で負けても落ち込むことなく、また今回のように勝ったとしても浮かれることなく、次の目を向けて進むことができると思います。

 世界のサッカーの中ではまだまだ歴史が浅く、沢山学ばなければならない日本のチームが4回も連続でワールドカップに出場できたことは非常に有り難いことであり、さらに前回できなかったこと(1点を最後まで辛抱強く守り抜いたこと)ができたことも非常な進歩ですから、それだけでも喜ぶべきことだと思います。しかし世界的なレベルからするとカメルーンとの一戦は「生ぬるい試合」(英BBC)であり、まだまだ勉強し、練習し、改善する余地があるところですから、高い目標を掲げて試合に臨むことは素晴らしく大切なことではありますが、今の自分たちの置かれた立場をよく理解しつつ、自分たちの持てるものを存分に発揮してくれれば、と思います。

 阿部 哲也

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キンドルを使ってみました

 先日修理に出していた辞書が戻ってきました。これまで本体と液晶画面の部分がぐらぐらしていて持ち運びするのにものすごく気を使わなければなりませんでしたが、充電池の交換や連結部分の交換などはすべて無料でしてくださり、まるで新品のようにピッカピカになって戻ってきた辞書を見て、わが子を迎えるような嬉しさを覚えました。日本のこういったサービスはとても行き届いていて素晴らしいと思います。

 日本に戻ってきて早、2週間余りが経ちました。本当にあっという間でした。最初の頃は1時間40分ほどの通勤時間がとても長く感じられ、一日が終わるととても疲れましたけど、この通勤時間はとても貴重です。なぜなら、本を読むことができるからです。ハワイにいて不便を感じたことの一つは、日本語の本屋さんがないことと本を読む時間がなかなか取れないことでした。先日、神田の三省堂に行って、いろいろな本を物色し、どうしても読みたい本だけに絞ったのですが気がついたら7冊も8冊もカゴに入れていました。

 私の場合、英語の雑誌や新聞やニュースで得た情報を自分の中で整理をして理解するためには、日本語で書かれたものを読んで全体の流れ(たとえば電子出版とか大まかな動きを、ということです)をつかんでおく必要があります。電子出版については、文書伝道を基本にしてきた「生長の家」の伝道活動に深くかかわってくるので、今、勉強中です。

 私自身はAmazon.comの電子ブックリーダー・ディバイス、キンドルを昨年10月に購入したものの、まだ使っていませんでした。それは、まだ何冊か英語の本を読んでいる最中でそのうちの1冊が終わったらキンドルを使おうと思っていたからですが、先日、小説を読み終えたので、早速使うことにしました。

 キンドルから直接注文もできますが、まずは使い慣れているパソコンでAmacon.comのサイトに行き、目当ての小説家の本があるかどうか調べたところ、何冊もあったので割合新しい本を注文しました。その後キンドルの電源を入れてみるともう、その本が届いていました。Amazon.comでキンドルを注文したので私のアカウントは既にキンドルの中で登録されている状態で届いていたそうです。

 キンドルの使い勝手については生長の家総裁、谷口雅宣先生がご自身のブログで紹介されていたのと、日本語で説明しているサイトがあるので、そこに書かれているのを読んで実際に使ってみました。感想としては、だいたい紹介されている皆さんのおっしゃっている通り、軽い(通勤電車で立っていても手が疲れないで読めます)、文字が見やすい(文字の大きさは6段階で調整できる)、目があまり疲れない、分からない単語にカーソルを合わせると辞書で意味を調べられる、などがあげられ、1,500冊を入れることができること、ペーパーの本を読むという感覚にとても近い感じで読むことができること、キンドル用にすでに40万冊が用意されていること、とても安価に購入できること(私が購入した本はキンドルストアで11.99ドルですが、ハードカバーを定価で買うと28ドル、Amazon.comで買うと18.48ドルです。今のところ利益が出ないか、赤字になる設定にされているとのことです)も魅力です。

 最近日本でもiPadが上陸し話題をさらっていますが、iPadでも本が読めるので、キンドルとiPadはどっちが本を読むのに適しているかなどと言われることがありますが、それについては面白い記事がありました。書き手は、ニューヨーク在住の日本人の方で、Lingual Literary Agencyと書いてあるので、言語に関わるお仕事をされているようです。

 http://www.dotbook.jp/magazine-k/2010/04/07/ipad_and_kindle/

 要するにキンドルは本を読む専用のディバイスで、iPadは本「も」読めるがそのための装置ではないので両者は全く別物、ということです。私もまだハワイにいたときにiPadが沢山陳列してあるお店に行ってちょっと操作してみましたけど、ちょっと重いですし、本を読むにはあまり適していないかもしれません。

 今のところ電子書籍の分野ではアマゾンとアップルが注目を浴びていますが、世界最大のネット企業であるグーグルはこれらの企業と違った角度から参入し始めているようですので、今後の動向に目が離せません。

 阿部 哲也

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大切なもの

 日本に戻ってきた時になんとなく感じていた違和感は3、4日で薄らぎ、6月1日からは通常通りの出勤が始まり、だいぶ生活が落ち着いてきました。とはいえ、まだ引っ越しの荷物の大半は届いていないので本当に落ち着くのはまだ先です。昨日、航空便で送った荷物が届き、ハワイでつい先日まで使っていたものを懐かしく迎えました。

 ところでハワイに赴任中、肌身離さず持ち歩き、ほぼ毎日使っていたものがあります。それは電子辞書です。本や新聞を読むとき、セミナーで、会議で、その他あらゆるシチュエーションでお世話になり、まさにライフラインでした。

 現在使用している辞書は2008年8月に購入したセイコー社製のSR-G10000というもので、英語の百科事典を含めて二十数冊の辞書や辞典が入っている優れものです。画面も見やすいですし、検索に要する時間も短いし、使い勝手がよく、とても重宝していました。

 ところが半年ほど前、講話を終えて演壇から降りるときに手からすべって落ちてしまったのです。悪いことには、辞書を開いたままだったため、液晶パネルとキーボードをつなぐ蝶つがいが壊れてしまい、閉じることができず、開いたままになってしまいました。

 Seiko 社の辞書ですからハワイで修理に出すこともできず、かといって日本に送るのにも送っている間に壊れてしまいそうで送るに送れず、それ以上ダメージが重ならないよう、慎重に使っていました。

 それでも、ありがたいことに辞書がまだ使えるうちに日本に帰国することになり、一昨日、セイコーの修理部門に持ち込んで修理を依頼しました。日本に帰国した後は使用頻度は減ったものの、修理を依頼する前の日までは普通に使えたのですが、修理工場に持ち込んだ際にパネルに触れてみると動きません。よくぞここまでがんばってくれた、と感謝せずにはおられませんでした。

 修理の担当者の方によると、蝶つがいの部分は無料で直してくれて、キーボードに水が入ってしまっている分については5,350円で直せるとのことでしたので、もちろん直してもらうことにしました。

 これからは以前のように頻繁には利用しないかもしれませんが、国語辞典や日本語に関する辞典も豊富に入っているのでまだまだお世話になります。

 阿部 哲也

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