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お盆(2)

 昨日まで生長の家宇治別格本山で盂蘭盆大祭が行われており、私は実行委員の一人として前日の準備も含め、17日から19日まで行われたお祭りに参加しました。この大祭は今年で55回目となるそうです。

 ハワイにいましたとき、仏教のお寺などで、「Bon Dance」という文字を見かけることがよくありましたし、広報誌などでも「Bon Dance」が行われます、ということが書かれていました。ですから、日系の人でなくても、「Bon」という言葉を知っている人は多いのではないかと思います。

 さて、「お盆」という言葉の語源は、「盂蘭盆」と呼ばれる仏教の習慣から来ているそうですが、フリー百科事典『ウィキペエディア』によると、盂蘭盆の行事は、「本来インドのものではなく、仏教が中国に伝播する間に起こってきたものであろう」と書かれています。「盂蘭盆会」のよりどころとしている『盂蘭盆経 』には、次のようなお話が出ているそうです(出典:『同』):

~~~~~~~~~~(ここから引用)~~~~~~~~~~~
 安居(注、僧侶が一定期間、一定の場所で修行をすること)の最中、神通第一の目連尊者が亡くなった母親の姿を探すと、餓鬼道に堕ちているのを見つけた。喉を枯らし飢えていたので、水や食べ物を差し出したが、ことごとく口に入る直前に炎となって、母親の口には入らなかった。
 哀れに思って、釈尊に実情を話して方法を問うと、「安居の最後の日にすべての比丘に食べ物を施せば、母親にもその施しの一端が口に入るだろう」と答えた。その通りに実行して、比丘のすべてに布施を行い、比丘たちは飲んだり食べたり踊ったり大喜びをした。すると、その喜びが餓鬼道に堕ちている者たちにも伝わり、母親の口にも入った。
~~~~~~~~~~(引用ここまで)~~~~~~~~~~~

 ところが、この習慣が日本に入ってくると、お先祖の霊があの世から戻ってきて、天に戻っていくという、日本の古来からの信仰が結びついて、「お盆」と呼ばれる独自の行事が日本に定着しました。中国や韓国でも「盆」はありますが、やや違った行事として定着しているようです。(「お盆」と言えば帰省ラッシュが連想されるのも日本独自だと思います)

 生長の家では、宗教というものは、それが発祥した土地から地理的に離れて伝わっていくと、その精神は保持されながらも、形式とかスタイルはその土地に合うものに変わっていく、ということを説いています。それは逆に言うと、その土地にあったものに変わっていかない宗教は廃れてしまう、ということでもあります。

「お盆」ひとつとっても、奥が深いです。

 阿部 哲也


 

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