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生長の家前総裁・谷口清超先生2年祭

 昨日は生長の家前総裁・谷口清超先生の2年祭が生長の家本部ホールでありました。谷口清超先生の奥様で、白鳩会前総裁、谷口恵美子先生もご臨席になり、生長の家総裁、谷口雅宣先生とともに、ご挨拶を述べられました。

 12月なみの寒い気候だったので行くのをためらった方もおられたと思いますが、篤信の方々がお集まりになり、皆で谷口清超先生から頂いたご恩に感謝申し上げ、伝道への決意を新たにいたしました。とりわけ、谷口恵美子先生のご挨拶は圧巻で、谷口清超先生が作られたアルバムをご覧になっいて、それは嬉しいこと、楽しいことばかりが収められている「日時計アルバム」だということに気づかれたことなど、ご日常の気づきについてお教えくださり、最後に、谷口清超先生のご著書『新世紀へのメッセージ』の中の「夕焼け」と題したご文章(93~95頁)を紹介してくださいました。私はそのご文章にものすごく胸を打たれました。一部ですが、以下にご紹介します:

(前略)私たちは美しい夕焼けを望むように、人生の晩年も、美しい夕焼けでありたいと思います。しかしそのためには、死ぬ時だけを美しく、安楽に、しかも尊厳死を、というわけには行かないものです。
 何故なら、人生は一貫して連続しているからです。死ぬずっと以前から、美しく生きていってこそ、はじめて美しく死ねるというのが本筋ではないでしょうか。だから、今すぐ、正しく生き、愛を行い、どんな小さなことでも、人々や国や社会のためになることを行いましょう。人に知られようが、知られまいが、そんなことは全く問題にしないで……。

 私がまだ大学生で愛知県に住んでいたとき、谷口清超先生が三重の講習会にご指導に行かれた際、名古屋駅で新幹線に乗り換えられるので、先生が待合室でお座り頂けるよう、席を確保するよう、教化部事務局長から依頼されたことがありました。先生と秘書の分ということで、そのとき活動していた女子大生と私とで、行きました。ほぼ時間通り、三重教区の幹部と愛知教区の幹部とともに待合室に谷口清超先生が入ってこられたとき、私はふと、あるアイディアが思いつきました。私は名古屋駅に行くまでの間に、谷口清超先生が出された新刊書を読んでいたので、そのご本にサインをしていただけたら、と思ったのです。

 それで、「先生にサインしていただけないでしょうか」と伺ったら、秘書が持っていた先生の鞄を手元に寄せられ、ご自身の万年筆を取り出され、「何て書けばいいの?」とお尋ねになりました。不意を突かれて一瞬戸惑いましたが、「神は愛なり、とお願いいたします」とお答えしたら、「神は愛である」とお書きくださいました。そのときは、「神は愛なり」ではなく、なぜ、「神は愛である」とお書きくださったのか分からなかったのですが、先生はご自身の言葉でお書きくださったのではないかと、今は思います。

 それを見ていた、当時の岡田淳・教化部長(故人)が非常に喜ばれ、多くの幹部が集まった集会で私がしたことを紹介され、「阿部君は図々しくて、素晴らしい! ふと思いついたことをすぐに実行したから先生からサインを頂けたのだ」と皆さんの前で賛嘆してくださり、とても嬉しかったのを覚えています。今も大切に保管してあります。

 谷口清超先生は、サインをしてくださった後、握手をしてくださり、「頑張ってください」とおっしゃってくださいました。先生の手がとても柔らかく、温かかったことと、先生の目がとてもきれいに澄んでいらしたことを覚えています。

 先生の2年祭にあたり、先生のご恩に報いることができますよう、業務にまい進していきたいと思います。

 阿部 哲也

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