« 養心女子学園での講義 | トップページ | 娘の「日時計日記」 »

養心女子学園での講義 (2)

「青年イエスの謎」が書かれた背景には、イエスの行状を伝えたとされる「新約聖書」にはイエスの生涯のうち、イエスが生まれたときの物語とイエスの伝道についての記述はあるのですが、イエスがどのように成長して青年時代を送ったのかについてはほとんど記されていないため、青年時代のイエスについては様々な観測がなされ、それが学者の研究対象になっている、ということがあげられています。

 この「青年イエスの謎」というエッセーは、『ちょっと私的に考える』(谷口雅宣先生著、現在品切れ)の中に収められているともに、谷口雅宣先生のウェブサイトの中にある「電子本、あります!」の中の「エッセー他」という項目の中に、あります。これは、宗教というものをどのように捕らえれば迷信くさくなく、そこに説かれている真髄を学ぶことができるかという、極めて重大な問題を考えるきっかけを与えてくれているものだと、私は思います。

「新約聖書」の中には福音書が4つあり、それぞれの成立年代はおよそ次の通りと考えられているそうです:

  マルコによる福音書 紀元後70年頃
  マタイによる福音書  〃 90年頃
  ルカによる福音書   〃 80~100年頃
  ヨハネによる福音書  〃 85~150年頃
                 (『ちょっと私的に考える』50~51頁)

 谷口雅宣先生は「この年代を見て分かる重要なことの一つは、福音書がイエスの十二弟子の誰かによって書かれた可能性がきわめて少ないという点である。この年代の推測が正しければ、当時の人間の寿命を考えた場合、イエスの直弟子が自分たちの記憶を頼りに福音書を自らの手で著わすことは、ほとんど不可能と思われる」(『同書』51頁)と述べておられます。その理由は、イエスの死は紀元後25、26年頃である考えられているので、最も古い福音書である「マルコによる福音書」が書かれたのはイエスの死後45年が経っていることになります。これはイエスが生きていれば75歳になる年齢ですが、その頃は第1次ユダヤ戦争の末期で、ローマ軍によるエルサレムの大破壊が行われたので、弟子がそれだけの年齢を生き延びて書くということは極めて困難だと考えられる、従って、各福音書は、イエスの弟子と近い関係にあったがイエスから直接教えを受けていない人々が書かれたものと考える方が現実的である、というのです。

 このエッセーを拝読して私がとても興味を引かれたのは、それぞれの福音書が書かれるにはそれ相当の理由があった、ということです。それは、新しい福音書は前の福音書で足りない点を補完し、それまで含まれていない内容も意図的に含めた可能性がある、ということでもあります。例えば、「マルコ――」の次に編纂されたと考えられている「マタイ――」が書かれた理由について、谷口雅宣先生は研究者の説を紹介されながら、次の3つをあげておられます:

1.キリスト教をギリシャ文化圏に広めるため(ユダヤの文化とは違った文化)、ギリシャ神話にマッチした物語を挿入して、イエスの神聖性を際立たせる必要があった。それでギリシャ神話には処女から子供が生まれるという話がいくつも存在するので「処女懐胎」の話が挿入された。

2.当時、イエスは私生児だという噂が浸透していて、その噂を打ち消し、イエスの神聖性を正当化する必要があった。

3.キリスト教団が、ユダヤ教の伝統に則った正当な教団であることを示す必要があったため、「イエス・キリストの系図」を載せる必要があった。

 聖書に、「処女懐胎」の話が挿入されたなどという考え方は、伝統的なキリスト教会の人々には受け入れられないかもしれませんし、「憶測の域を出ない」ものもあり、すべてが正しいとは言えないかもしれません。しかし、どのような事情があっても、キリストの教えが2千年にもわたって世界の多くの人々に救いをもたらし、今もなお、イエスの愛が生き続けていることは事実です。イエスが神聖受胎していなくても、私生児であっても、復活していなくても、教えの素晴らしさに疑いを挟む必要はないと思います。

 そのようなことを考えると、聖典の一言一句を正しいと考える原理主義」的なものの考え方がいかに、ナンセンスなのかを思い知ることができると思います。そして、谷口雅春先生が説かれた、「真理は誰が説いても真理なのだ。イエスが実在の人物かどうかを問題にするにも足りない」ということが、素晴らしい光を放っているような気がします。

 そんなことを学生さんに伝えたかったのですが、どこまで伝わったかは分かりません。が、皆さん、とても真剣に話を聞いてくれて、有り難いことと思いました。

 ところで、当日の河口湖は昼間は割合、暖かかったのですが、夕方になると雨が降り出し、一気に気温が下がってきました。河口湖駅から養心女子学園までは歩くと15分ほどかかるのですが、授業までは1時間ありましたし、色々と風景を楽しみながら、ゆっくり歩くのが好きなので、20分ほどかけて歩いていきました。辺りはすっかり紅葉していて、日本ならではの美しい秋の風景を楽しむことができました。

 阿部 哲也

写真は、養心女子学園のお隣の河口湖練成道場の前で撮ったものです。

Autumn_leaves

|

« 養心女子学園での講義 | トップページ | 娘の「日時計日記」 »

生長の家のこと」カテゴリの記事

コメント

初めまして。yuiと申します。
今日の記事が、丁度、私が自分のブログで書いた記事とシンクロするような気がしまして、コメント書かせていただきました。

もしよかったら覗いてみてください!

光に向かって
http://blog.livedoor.jp/yui4828_hikarinoko/

投稿: yui | 2010/11/19 03:48

 yui さん、こんにちは。はじめまして。コメント、ありがとうございました。yui さんのブログも拝見しました。すてきなネーミング、そして、とてもピュアな、素直なお気持ちが綴られていて、心が浄まります。

 そのアフリカの青年は夢に谷口雅春先生が出てこられて、真理を説いてくださったそうですね。

 ところで、yui さんはどちらにお住まいですか? 各教区(ほとんどが県単位ですが、いくつか教区がある県もあります)では2年1回、生長の家総裁、谷口雅宣先生ご夫妻が来てくださって生長の家講習会が開かれ、先生のご講話と素晴らしい体験発表などがあります。それに参加されると、今読んでおられる『生命の實相』の理解が一層深まると思います。

 また、いらしてくださいね。

 阿部 哲也

投稿: TA | 2010/11/19 09:45

返信がかなり遅くなってしまったこと、お詫びいたします。
ブログへのご訪問、ありがとうございました。

アフリカ青年のお話は、夢に谷口雅春先生が出てこられたのでしたね・・。
その部分は、聞いていたのに忘れていました。

私は、福岡在住です! 現在、母親教室に参加するようになったので、
その際には、お誘いがあるかと思います。学びがひとつひとつ深まるのが、
楽しいこの頃です。ありがとうございました。

投稿: yui | 2010/12/09 09:56

yui-san,

 ご丁寧にお返事を、有り難うございます。
 生長の家の教えはスルメイカみたいなところがありまして、噛めば噛むほど味が出ると言いますか、とても奥深いところがあって、私も毎日新しい発見があって楽しいです。
 福岡にお住まいですか。私は青年会のお仕事をしていたときに九州を担当していましたので福岡にはよくおじゃましていました。太宰府にある教化部にはいらしたことがありますか? もう15年ほど行っていません。懐かしい思い出です。
 どうぞお元気で。またお暇があったらご訪問ください。ありがとうござます。

 阿部 哲也

投稿: TA | 2010/12/09 14:36

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 養心女子学園での講義 | トップページ | 娘の「日時計日記」 »