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地方講師会長会議

 去る4月10日(日)、生長の家本部新館4階にある「白鳩の間」で関東・甲信越ブロックの「地方講師会長会議」が開かれ、20名の地方講師会長および事務担当者の方と本部員14人、合わせて34名が参加しました。

 今回は震災後、初めての地方講師会の会議であり、被災地の茨城教区からも参加者があり、いつもとはひと味もふた味も違う雰囲気の会議となりました。まず、目等泰夫・教化・講師部長による「開会の祈り」に続き、参加者全員で、谷口雅宣・生長の家総裁が作られた「自然と人間の大調和を観ずる祈り」を声を出して拝読しました。そして自己紹介の時間には、はじめに発表された茨城教区の方が、安否確認や支援のために信徒さん宅を回ったことを話してくださり、どこに行っても「体験談を聞いているようだった」と感動を交えて話して下さいました。その発言の触発されたかのように、震災を通して信仰を持つことの偉大さに改めて感動されたこと、ささいな日常生活の有り難さに改めて目覚めたこと、「自然と人間の大調和を観ずる祈り」を毎日拝読して感動していることなど、それぞれの立場から、心のこもった発表があり、大変感動しました。

 会議そのものも、参加者が積極的に発言をする機会が多く、予定していた議題全てはカバーできませんでしたが、今年の運動方針に基づいて、「技能や芸術的感覚を生かした誌友会」を盛り上げていくこと、新しい普及誌を使った伝道に一層取り組んでいくことへの機運が高まり、温かい雰囲気の、参加者の信仰があふれ出る会議となりました。

 今年度は全7会場でブロック別の会長会議が開かれます。

 阿部 哲也

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新しい学校

 4月7日(木)に娘の小学校の入学式がありました。昨年の夏に学校を見学して家族全員がとても気に入り、短い期間ながら受験の準備をした小学校への入学です。(そのときの記事は6回シリーズで初回の分はこちらにあります)

 入学式が木曜日で私にとっての休日だったので、仕事に気兼ねすることなく式に参加できたのは幸いでした。式には、ほとんどの家庭の父親が参加しているのではないかと思うほど多くの父親が参加していて、自分たちのときとは隔世の感があると思いました。

 娘にとっては普段よりも遙かに早い時間に起きて準備をして、学校に着いたのは朝7時半少し過ぎ。学校に入ると、6年生と思しき(実際にそうでした)女の子が寄ってきて、「保護者の方はあちらへどうぞ」と簡単に案内をしてくれた後、娘に向かって「お名前は何と言いますか?」と話しかけ、靴を脱いで上履きに変えるのを手伝ってくれた後、受付のところに連れて行ってくれて、教室まで連れて行ってくれました。6年生は集中的に6月まで1年生の面倒を見るのが伝統だそうです。

 入学式は、中学校、高校に進級する生徒も含めて行われ、また全校生徒の始業式と合わせて行われました。参加したのは、全校生徒・児童と初等部に入学する児童の保護者が参加して行われました。全校生徒・児童は1年生から12年生まで合わせて700人ほどです。学校の理事長、校長のご挨拶は通り一遍ではなく、キリスト教の教えを反映した建学の精神に則り、また震災での人助けのエピソードに触れるなどしながら、「隣人を愛する児童・生徒になってほしい」というメッセージが分かりやすく、力強く発せられていて、大変感動しました。

 今年の1年生は色々な事情で2クラス合計で36人とのことで、1クラス18人の少人数のクラスになりました。多くの子ども達は電車通学ですが、私たち家族は義父の強い意向で、学校の近くに引っ越したので娘は徒歩とスクールバスでの通学です。4月9日から新しい住まいに移り、朝7時過ぎに娘と一緒に家を出て娘を最寄り駅の、スクールバスが止まる場所まで連れて行き、出勤しています。真新しい制服はかなり大きく、教科書が詰まったランドセルは見るからに重そうですが、そのうち慣れて、板に付いてくるのだと思います。

 学校の先生方の説明を聞いていて、子供の個性を大切にしながらじっくり育てたいという気概と責任感を感じたのと、「お子さんとともに保護者の方々もご一緒に学んで頂ければと思います」という言葉を聞き、心新たに、新しいことを学んでいこうと思います。

 阿部 哲也

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新年度の幕開け

 震災から3週間余りが経ちました。被災地の被害状況が克明に分かってくるにつれて被害の傷跡の大きさを実感しないわけにはいきませんが、ほんの少しずつであっても復興が進みつつあることは有り難いことだと思います。

 関東地方においてはここ数日間、計画停電が無くなり、電車もほぼ通常通りに運行されるようになり、日常を取り戻してきました。計画停電が始まってから夕方や夜に外を歩くと、電気の明かりがついている部屋が1家に1つのお宅が多く、皆さんが節電されている様子が窺われます。

 わが家でも暖房を使うときには一つの部屋に集まるようになりましたし、なるべくエネルギー効率がよい使い方を色々と画策しています。また、これまで数回、計画停電で電気が切れたことにより、頭では分かっていても電気を当り前のように使っていたことを反省する良い機会となり、一層、節電を心がけるようになりました。

 また、それほど回数は多くなかったのですが昼間に停電したときには太陽光発電装置が活躍してくれました。普段は電気系統に接続されているのですが、停電時は独立させて太陽光によって発電された電気をそのまま使うことができます。(最大1.5kwまで)2006年に同装置を設置して以来、初めて独立させて使ってみて、この装置の偉大さを改めて実感しました。

 今年の夏は電力がだいぶ足りなくなるとのことで、企業も家庭も相当節電する必要があると言われています。が、私はこのことは今の社会にとってはむしろ必要なことだと思います。夏のデパートやスーパー、そしてオフィスや電車の中は寒くて、私などは上着は欠かせないほどですが、これは私だけではなくて、夏になると冷え性の人がよく外来に来るというお医者さんの話が以前、新聞に載っていましたので、夏の冷房に悩んでいる人は結構多いのだと思います。これは明らかに常軌を逸しています。夏は暑いもの、冬は寒いものという、極めて当り前の事実を受け入れることが必要だと思うのです。昨年のような異常に暑い夏であれば多少、クーラーを使う必要があるにせよ、節度をもって使う良い訓練になると思います。

 また、エネルギーの視点からも、決して枯渇することがなく、地球上に溢れるほど存在している自然エネルギーを使わない手はありません。アメリカの著名な環境活動家のレスター・ブラウン氏は、最新刊の『WORLD ON THE EDGE』(瀬戸際に立つ地球、という意味になりましょうか)の中で、「business as usual」、つまり「従来通り」を続けていたら文明は危機に瀕するが、自然エネルギーの可能性が計り知れないことを、具体的な数字をもって示してくれています。その中のいくつかを翻訳して紹介します。

・米国科学アカデミー(US National Academy of Science)が2009年に発表した世界の風力についての調査によると、陸地における風力発電は、現在あらゆる手段によって発電され使用されている電力の40倍も発電できる能力がある、とのことである。(117~118頁)

・2000年から2010年までの10年間で、驚くべき事に風力による発電量は1万7千メガワットから20万メガワットにまで増えた。(118頁)

・アルジェリアには、同国の砂漠にふりそそぐ太陽のエネルギーだけでも世界全体の経済をまかなう分だけある。これは数学上の誤りではない。同じような指摘がしばしば太陽光発電に関する記事には見られる。すなわち地上に1時間ふり注ぐ太陽光は世界経済1年分をまかなう量である。(124頁)

・The American Solar Energy Societyは、アメリカ南西部における太陽熱の資源だけで現在、アメリカで使用している電気の4倍以上にも及ぶと言っている。(125頁)

・地上から6マイル(約10km)の層には世界全体の石油、石炭の埋蔵量を合わせた分のエネルギーの実に5万倍ものエネルギーが埋蔵されている――これは驚くべき統計データだ。これほど豊かなエネルギー源であるにもかかわらず2010年半ば現在、世界における地熱発電はわずか10,700メガワット分しか利用されていない。(127頁)

・2006年にマサチューセッツ工科大学(MIT)による各種学問分野合同の科学者、技術者13人が地熱発電能力の可能性について試算を行った。石油やガス会社が掘ったり、原油の二次回収で使う技術も含んだ最新の技術を含む、改良された地熱発電装置を使うと、地熱発電はアメリカでの電力需要の2,000倍をもまかなうことができる、とのことだ。(128頁)

 4月1日から新しい年度になりました。わが国における、目の前にある困難は計り知れませんが、化石燃料や危険を伴う原子力発電に頼らず、自然の恵みに私たちの心を振り向け、その恵みに感謝しながら、節度を持ってエネルギーを使う社会へ一歩を踏み出すことが、今回の震災で犠牲になられた方々への弔いにもなり、「神の御心」にかなう道であると思います。

 新しい年度も、「神意」を思いに、言葉に、生活に表現していくよう、努めたいと思います。

 阿部 哲也

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