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シドニーへの出張(2)

 シドニーの行事が終わって月曜日(9/12)の夜8時過ぎに無事に帰宅しました。

 日本に到着して飛行機から空港内へ続く通路の暑いこと。そう、オーストラリアは南半球なので季節は逆で、今、冬から春へ向かうところです。私が滞在していた期間は昼間でも寒い風が吹き、朝晩は結構温度が下がったようです。12度とか13度。私は現地の方から週末は寒くなる見込みなので暖かい服装を、というアドバイスを受けていたので、押し入れにしまってある冬物のアンダーウェアを沢山引っ張り出してきて、セーターも2枚用意して、防寒には万全を期して行きましたので、特に風邪を引くこともなく、過ごすことができました。しかし、夏の暑さに体が慣れているのもあり、朝晩の寒さはかなり身体に堪えました。

 オーストラリアと日本は時差が1時間。日本人がよく訪れる地域で、日本よりも時計が進んでいる国はおそらくオーストラリアとニュージーランドだけではないかと思います。私が搭乗した飛行機は、日本を午後7時50分に出て、現地に6時10分に着く便でした。狭い機内ではなかなか寝られません。その上、到着の2時間前から朝食を配り始めるのですが、その時間は日本時間ではおよそ午前3時。着いた日はどうしても睡眠が不足気味になります。そこへ持ってきて、睡眠不足の状態では頭痛がよく起こる私の頭に、例外に漏れず、到着してしばらくしたらかなりひどい頭痛が訪れてきました。一応頭痛薬は持っていましたが、それを飲んでもあまり効かず困っていたら、打ち合わせの後に市内観光に連れて行ってくださった生長の家のメンバーの方が頭痛薬を持っていて、それが効いたので助かりました。

 オーストラリアは1828年から1901年までイギリスの植民地だった影響で、イギリスの影響が色濃く残っています。同国で話される英語はなまりがあるとも言われていますが、基本的にはイギリス英語に近く、通りの名前の多くは、イギリスの地名から取られています。また、車はイギリスと同じ左車線を走るので、ハンドルは右側で、日本と同じです。

 オンライン上の百科事典『ウィキペディア』によると、『戦後、ヨーロッパからの白人移民は減り続け、国力となる人口増加は鈍った。そこで1980年代からは白豪主義を撤廃し、世界中から移民を受け入れることとし、「多文化主義」へと移行した』そうで、現地の人々も、「ここには色々な国の人がいますし、色々な国のレストランがありますよ」と言っていました。

 ホテルの近くを少し散策しましたが、目立って多かったのがタイ料理店です。現地の人も、「なぜかタイ料理の店は多いですね」と言っていました。ちなみに、日曜日、浄心行と座談会が終わった後に参加者全員で“出前”を頂きましたが、それもタイ料理でした。

 概して、海外の人たちは表現が上手です。地域性もあるでしょうけど、日本の皆さんよりも喜びを素直に表現する人は多いと思います。生長の家の行事に参加する人同士は、皆ハグ(抱擁)をします。初めての人だろうが、昨日会っていようが、関係ありません。

 今回は4人の方を個人指導させていただいたり、会の運営に熱心に取り組んでくださっている方と個人的にも色々お話しさせていただいて、それぞれの立場で悩みを抱えながらも、生長の家の教えを学び、伝道に励んでくださっていることを知り、大変感動をしました。

 ちなみに生長の家の行事のために訪れたのはアメリカ、カナダ、ブラジル、香港、韓国、ドイツに次いで7カ国目です。それぞれの地域で今日もご活躍くださる皆様に感謝しながら、日々の業務に励んでいく決意を新たにしました。ありがとうございます。

 阿部 哲也

※下記に写真が載っていますので、よろしければご参照ください。
http://on.fb.me/n8TNNx

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