「つなぎっぱなし」の人生

 NHK「実践ビジネス英会話」の今月後半のトピックは、「Staying Connected」(ネット接続)でした。このビニェット(小話)の中には携帯電話を持つことを意図的に拒否している人が登場していました。そしてその登場人物は、「携帯電話を使わないことで得られる自立感が気に入っている」(I like the sense of independence I get by not using a cell phone)と述べていました。アメリカでは携帯電話を使わない人は、全体のわずか15%だそうで、さらに、意図的にそうしている人はほんの僅かだということです。日本も似たような状況ではないかと思います。

 私もどちらかというと“携帯が好きではない派”ですが、最近は公衆電話が減ってきているので、携帯を持っていないと連絡に困る場合があります。といっても積極的に持っていないのではなく、近いうちに持つ予定です。ハワイ駐在中は仕事柄持たざるを得ませんでしたが、いつでもどこからでも掛かってくる電話はどうも、好きになれません。しかも英語での携帯での会話は私にとってはものすごく大変だったので、それも好きになれなかった理由かも知れません。

 さて、今回のトピックでは、ラップトップを開いて、スプレッドシートに目を通しながら、同時にスマートフォンで別のいくつかのことをしている人のことも出てきました。結局、ネットに常時接続していると、疲れてしまい、結局生産性も落ちるのではないか、と述べている登場人物もいました。

 私もその意見に同感です。現在はネット接続の料金設定では、従量制で契約することはほとんどないと思いますので、休みの日にメールをチェックするのでも、朝と晩の2回、などと決めておかないと、ついつい色々なことに気をとられ、インターネットのサイトをのぞいてしまい、やりたかったことができなかった、ということもあります。私は、ipodにABCニュースを入れたり、NHKのラジオ講座を入れるなどしているので、毎日家に帰ってからパソコンを立ち上げるのですが、目的以外のことに使わないのは、事のほか自制心が必要と感じます。

 その他、新聞やテレビでは、携帯電話を使わないと禁断症状が出てくる高校生が出ていたりして、どのような用途でもネットに「つなぎっぱなし」の人生には弊害の方が多いようです。年末年始は家にいる時間が長いので、気をつけようと思っています。

 道具を使いこなすか、道具に振り回されるのかで大きな違いが出てくると思いますが、自分のやりたいことを明確にして、その中で優先順位をつけておき、ネットには執着しない、という姿勢が大切だと思います。

 阿部 哲也

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ブログと「日時計主義」

 ウェブ世界のオピニオンリーダーの1人、梅田望夫さんのブログ(My Life Between Silicon Valley and Japan)にこんな言葉が紹介されていました。

  最高の倫理観をもって、物事に対してオープンで正直であれ。
  そして隠し事をしてはいけない。

 この言葉は、アップル共同創業者、スティーブ・ウォズニアックが「起業しようとしている天才的技術者に対して、どんなアドバイスをしますか」という問いに対して答えたものだそうです。

 梅田氏の本は、生長の家副総裁・谷口雅宣先生が生長の家の大会で紹介されてから読むようになりましたが、同氏のウェブに対する愛情、そして「人間」に対する愛情に惹かれることが時々あります。

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 先日ロスに出張した際、本屋さんで売っていたので買ってみた『ウェブ時代をゆく』には、次のように書かれています。これはネットという技術の持つ性格を5つ上げているうちの一つです。

 ネットが人々の「善」なるもの、人々の小さな努力を集積する可能性を秘めた技術であること。

 これはネットの光明面を端的に言い当てた箴言だと思うのです。また、ボランティアによって編集、運営がされているフリー百科事典「ウィキペディア」の内容は、百科事典の老舗、「ブリタニカ」の記事と比較して専門家が鑑定しても全く劣らない、ということも紹介されていて、1人1人の隠された力が良い方向に働けば、社会全体も良い方向に進んでいくという、期待を抱かせてくれます。

 私がブログを書くようになったのは信仰上の師である谷口雅宣先生による影響が一番大きいですが、梅田氏にもよるところが大きいです。梅田氏によると、「ブログと褒める思考法」は共通している、というのです。

『もともとブログとは、ウェブログ(ウェブの記録)を語源としており、「ネット上で面白かったサイトにリンクを張りつつ感想を書く」ことをルーツに発展してきた』(同書、137頁)のであり、人や本やニュースなどの情報の中からこれは面白い、と思ったことをお互いに紹介し合う、つまりこれは紹介する価値のあるよいニュースあるいは情報だ、と直感してそれを表現することで成立したのがブログだ、というのです。

 同氏は日本人が褒めるのが下手であり、「つまらないことで人の揚げ足を取ったり粗探しばかりしている人を見ると、よくそんな暇があるなと思う。もっと褒めろよ、心の中でいいなと思ったら口に出せよと思うことも多い」(同書、137~138頁)のに対し、アメリカの小学校では誰かの作文にネガティブなコメントが寄せられた場合、「建設的な言い方に直せ」と指導されることなどが紹介されています。

 つまり、ブログの原則は、人を批判することでは決してなく、人の紹介しているものや色々な情報の中から自分の感性とあったもの、賛嘆すべきものを選び出して、それを紹介することが基本なのだ、というのです。つまり、ブログの原則は「日時計主義」の実践ということになるのではないでしょうか?

 褒めるといえば、わが家の子供が通っているプリスクールの先生もとっても褒め上手です。「今日はね、マナミが"Go shishi"(トイレ)と言ったのよ!」と小さなことでも、身振り手振り、そして大きな声と特別な笑顔で教えてくれます。アメリカ人のそういう良いところをもっと見習おうと思います。

-TA

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