祖母が孫を生む?

 最近、子宮を摘出した30代の女性の卵子とその夫の精子を体外受精させ、その受精卵を女性の母親の子宮に着床し、妊娠・出産したという衝撃的なニュースがありました。つまり、孫をおばあさんが生んでしまったということです。そして、生まれた子は戸籍上、その女性の母親の子、ということで届け出た後、夫婦の子として養子縁組したそうです。

 日本ではこうした代理出産は認められていません。それは、「命にかかわることもある妊娠・出産の危険性を第三者である代理母に負わせるべきではない」(厚労省部会の報告書)との理由からです。

 しかしアメリカでは、このような種類の代理出産は既に1990年代はじめから行われているそうで、その一組の家族と面会した、京都大学名誉教授の星野一正氏(生命倫理学)は、「娘を思う母の愛情に感銘した」と学会誌で発表したそうです。(ヨミウリオンライン、10月18日の記事http://www.yomiuri.co.jp/iryou/news/iryou_news/20061018ik02.htm

 私は、孫を出産した母親の話を聞いたとき、直感的に違和感を感じました。理由は種々ありますが、何となく変であり、嫌な感じがしたのです。こういう問題を考える際、直感はとても大切、と習ったことがあります。

 (前略)我々がゴキブリを嫌ったり、“臭い”ものにふたをしたいと思ったりする
 のは、我々が進化の過程で獲得してきた自然からの“贈り物”だろうと思うので
 す。そういうものを私たちは“自然の感情”として持っているわけです。(中略)し
 かし科学というものは、価値判断を注意深く避けて発達してきたものですから、こ
 の「repugnance」(阿部注、強い嫌悪の感情)というものも「主観的であるから」と
 いう理由で、「客観的なものよりも重要でない」と切り捨ててきた。(中略)今日私
 たちが科学の発達に対して感じることは、この「repugnance」に近いと思う。(中略)
  我々はそういう自然に湧いてくる感情にも十分留意しながら、科学技術を全部否
 定するのではなくて――それは知性の結晶であり、我々の将来を切り拓くものです
 が――人間の魂の進歩に貢献するようなものについては、科学技術をどんどん利
 用し、また研究を進めるべきだろうと思います。
                      (谷口雅宣著『足元から平和を』336~339頁)

 なお、谷口雅宣先生はブログ「小閑雑感」で、この件について触れておられますので、併せてお読み頂くと良いかと思います。http://masanobutaniguchi.cocolog-nifty.com/monologue/2006/10/_2_6908.html

 また10月21日付の『朝日新聞』朝刊で、松原洋子・立命館大大学院先端総合学術研究科教授は、次のように書いておられました。

  通常の妊娠・出産でも生命を失ったり、重い病気の引き金になったりする危険性
 がつきまとう。しかも、胎児と母体の2つの命がかかわる。だからこそ、産後の医
 師の措置が不十分だったと訴訟が起こり、それを恐れて産婦人科医のなり手がいな
 いような状況が生まれている。
  代理出産の最大の問題は、第三者をこうした危険にさらすことにある。(中略)
  もう一つ、見過ごされているのは、患者中心という立場の盲点だ。代理出産では
 主役は出産を依頼する「患者」だ。代理出産する女性は脇役で、その声が社会に届
 きにくいマイノリティー。しかも最も大きいリスクを負う存在なのである。母親・
 姉妹などの身内であれば、なおさら問題を声に出しにくい。(後略)

 やはり、人間として自然な感情を大切にしながら生きている社会にしなければ、と切に思います。

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