パールハーバー

9月20日にハワイに来た義父は毎日元気に過ごしています。「80歳を過ぎてまさかハワイに1か月も滞在するなんて夢にも思っていなかった」との義父の感想は、分かりすぎるほどよく理解できます。私もまさか海外に住むなんて数年前までは考えても見ませんでしたから。

ところで昨日の3日、義父のたっての希望でパールハーバー(真珠湾)に行ってきました。戦争の時代を生きてきた義父ですが、「日本人として見ておかなければならない」との確固たる信念に頭が下がる思いがします。

午前10時に家を出て、途中少し迷いましたが、午前11時前には無事到着。湾を一望できるところから、こんなに美しい場所に爆撃が落とされ、多くの人の命が奪われたかと思うと、そして、今なお戦禍に苦しむ人々がいるかと思うと、平和のために何ができるのだろう、と考えてしまいました。

日本軍の真珠湾攻撃で撃沈したアリゾナ艦隊は今なお、海の底にあり、重油が流出し続けているとのこと。その上に記念館が建てられ、亡くなった兵士の名が刻まれています。そして、記念館に行く前にチケットをもらい、当時のことを記録した約25分ほどの映画を見て、船で行くことになっています。

私自身は、7年前にハワイを訪れたとき、当時ハワイに駐在しておられた高義晴・本部講師に連れて行っていただき、その映画を見た後、アリゾナ記念館を見学しましたが、日本人としてはかなり心の痛む、辛い経験でした。

映画の上映場では小さな子は静かにしていないと入れないため、妻と娘は外で待機。義父と私で映画を見ることにしました。前回見たときはあまり分からなかった部分も、今回はほぼ、理解することができましたが、当時の日本の軍隊の行いは、残念ながら神のみ心から大きく逸脱した、とても正当化できる行為ではないことをまざまざと見せられた気がしました。

当時の日本軍の行動のもととなった考えが、満州の利権を守るという領土への執着、天皇のお心を無視した「中心不帰一」ということからすると、唯物論的なものの見方をやめ、正しく神を信仰することが大切であることを強く感じます。絶対善なる神への信仰を通して世界平和の実現を目指す、生長の家が進める国際平和信仰運動の大切さを深く認識した一日でした。

-TA

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娘の死…でも対話を

 1月30日の『朝日新聞』に同名のタイトルの記事がありました。

 同記事によると、パレスチナ自治区の町で、イスラエル警察との衝突に巻き込まれて死亡した10歳の少女の父、バッサムさん(38)は「戦闘による報復は求めない。イスラエルと共存への活動を全力で進める」と言います。

 バッサムさんは、イスラエル軍との闘争で17歳から24歳まで、イスラエルの刑務所で服役していたことがありましたが、服役中にヘブライ語を学び、パレスチナ人の権利を否定するイスラエルの看守と対話を続け、そして、ついに看守は主張を認めてくれたという経験があるのだそうです。その経験から、「対話による和解しかないと悟った」と言います。そして、イスラエル人、パレスチナ人双方からなる市民団対を2年前から結成しており、「娘の死を無駄にはしない。暴力では解決できないことを再び訴えていく」、との決意が述べられていました。

 38歳は私と同じ年。純粋無垢なお嬢さんを失った悲しみは想像すらできませんが、このような方が中東で活躍してくださっていることに、人間の心の偉大さ、崇高さを感じます。

-TA

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対話の灯

 イスラエルとパレスチナの争い、ローマ法王の発言によるイスラーム社会の反応、インドにおけるヒンドゥー教徒とムスリムの争い――こういう現実を目の前にするとき、宗教間の融和は可能なのだろうか、と思わずにはおられません。日本の新聞では宗教による争いは、よほど大きな事件を除いては、国際面に少しのるくらいですが、英字新聞では割合大きく取り上げられていることが少なくありません。
 ところで、エッセイストでシュタイナー学園の教員をしておられる、不二陽子さんの文章を読み、目が点になりました。以下、引用です。

 (前略)台湾で開かれた国際自由宗教連盟(IARF)の世界大会である。諸宗教
 の儀式、祈りや討論などの中で、とくに心打たれたのはパレスチナに住むユダヤ
 教徒とイスラム教徒たちのスピーチだった。ユダヤ教徒の青年は、イスラム教徒
 による自爆テロで母がケガをし、友人や知人を失っている。イスラム教徒の青年
 はパレスチナ難民で、父はイスラエルの刑務所に投獄されていた。
  いわば彼らは敵どうしだが、諸宗教間の対話を進めるグループ活動をしている。
 むろん彼らは少数派だ。ユダヤ青年が語る。
 《そんな対話が何の役に立つのか、それで平和になるか、と言われることがある。
 そういう人に、私は答える。道端で飢えた子どもが手を差し出したら、どうするか
 ? その子にお金をあげても、世界から貧困がなくなるわけではない。それでもや
 っぱり、なにがしかのお金をあげるだろう。自分たちがやっているのはそれと同じ、
 草の根レベルの活動だ。相手の顔を見つめ、ともに美術館に行き、同じ作品を見て
 も感じ方が違うことを学ぶ。自分たちが無知であることを学ぶのだ》
  イスラム青年は、《ラマダン(イスラム教の断食)明けの食事作りは、家族だけ
 の大切な、精神的な儀式だが、そこにユダヤ人を招いた。ユダヤ教の厳しい戒律も
 クリアして、ともに食事を作り、ともに食べた。それは、彼が私たちの家族になっ
 たということだ》
  宗教対話の目的を、彼らはどう考えているのか? 答えは明快だ。「相手の宗教を
 理解することで、ユダヤ教徒はよりよいユダヤ教徒になり、イスラム教徒はよりよ
 りイスラム教徒になる」と断言する。つまり共存である。
     (不二陽子「対話の灯を掲げて」『光の泉』(2006年11月号、34~35頁)

「相手の宗教を理解することで、ユダヤ教徒はよりよいユダヤ教徒になり、イスラム教徒はよりよりイスラム教徒になる」――これが実現したらどんなに、平和な、美しい世の中になるだろうと思います。生長の家では、1930年(昭和5年)の立教当初から、すべての宗教の礼拝の本尊は一つであり、各宗教はその時代、文化、民族によって色づけられたものである、と考える「万教帰一」の立場を説いています。上記の言葉は、「万教帰一」の考えを別の側面から説明してくれているように思いました。

 宗教同士の対話も、人間間の対話も、家族の対話も、相手の考えを受け入れ、理解することによって自らが豊かになる、そして一層成長する、と捉えることが大切だと思います。

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